第25話 事件

 思い当たる場所は全て行ってみた。途中、報道部の笹原英里を見かけて「フェリスを見なかったか?」と聞いてみた。「い、いえっ……今日はまだ会ってないんですけど」と聞くと、礼を言って「あの……何かあったんですか?」と尋ねる英里に「また話す」とだけ告げ、再び走った。


 対立候補のソフィアにも出会った。彼女も「知らないですけど? 何かあったのですか?」と言っていた。あくまでも無関心を装いながらも、どことなく心配げな顔をしているソフィアを見て(対立候補には、もう少し悪いヤツの方が良かったな)と思った。「悪いな。今は話している余裕がないんだ」と謝って、その場を去った。


 体力には自信があった容だったが、流石に疲れ果ててきた頃。辺りは既に真っ暗になり、校内には人影がなくなっていた。選挙準備室に戻ってみると、流石に凪沙も帰ったらしく「すみません。今日は先に帰ります」と置き書きが机の上に残されていただけだった。


 流石にもう校内にはいないか。とすると、もう家に帰っているのかもしれない。容はそう思い、カバンを持つと部屋と出た。


 校門を出た時のことだった。


 女性の悲鳴が聞こえた。思わず「フェリス!?」と、容の脳裏に嫌な予感がよぎった。 


声の聞こえた方へ走っていくと、暗闇で何かが動いているのがうっすらと見えた。僅かに光る街灯の光で、二人分のシルエットが浮かび上がる。


「フェリス!?」


 容は思わず叫んで走る。近づくと、ひとりの女性が黒ずくめの男に襲われていた。男の手に握られているナイフが、街灯の光を受けて鈍く光った。女性の容姿も見ることができたが、それはフェリシアではなかった。


 しかし、容は咄嗟に男に飛びかかった。刃物を蹴り上げると、それは音を立てて数メートル先に飛んでいった。すかさず男の腕を取りに行く。が、男の動きが一瞬早く、素早く立ち上がるとそのまま走り去っていった。


 容は追いかけようとしたが、自分の体力も限界に近いことと、襲われていた女性が近くで泣きじゃくっていたのを見て、思いとどまった。「大丈夫か?」と女性の隣に膝をついて声をかけると、泣きながらも「は、はい……ありがとうございました」と答える。


 遠くで警笛の鳴る音が聞こえた。少しすると、制服を身にまとった警官がふたり、容の元へとやってきた。「近くの住民から通報があったのですが」と言う。容が事情を説明すると、ひとりの警官が犯人の残していったナイフを発見した。


 容は少し嫌な予感がしていた。古今東西問わず、警察と言うのは現場にいた人間を疑う。もちろん、露骨に犯人扱いすることはないが「一応、署まで来て頂けますか?」というのが定番の流れだ。


 そしてそれは現実のものとなった。


「少しお話しを聞かせて頂きたいのですが」


 容にしてみれば、やましいことなど何もないのだが、元々この世界の人間ではないことが、多少言動に影響したのかもしれない。警察官の言葉に少しうろたえてしまった。ふたりの警察官は、目配せをすると「ご同行願えますか」と聞いてきた。それは当然、依頼でも要請でもなく、強要だということを容は悟った。




◆ ◆ ◆ ◆




「疑いは晴れたはずなのに、どうして勾留が解かれないんだ?」


 容が目の前に立っている警察官に問いかけた。薄暗くジメジメした部屋の、薄汚れた床に座っていた。カビ臭い匂いが鼻につく。留置所、というよりは、これは牢屋と言ったほうが良いな、と容は顔をしかめた。


 格子越しにいる警察官は「身元引受人がいないのであれば出られない」と、何分か前に聞いたフレーズを繰り返すばかりだ。


 警察署へ連れてこられた容は、自分がしたことを説明した。犯人の容姿を確認できなかったことが余計に誤解を生むことに繋がったが、それでも被害を受けた女性が証言してくれたことが重要な証拠となった。


 当初、警察は女性の言葉にあまり熱心に耳を傾けなかったが、彼女がケンスブルグ校の学徒であり、学徒としても優秀なだけでなく、重要な要職に就いていることが確認されると態度が一変し、容の拘束が解かれることになった。


 しかし警察は完全に容を容疑者リストから外す考えではないようで、身元引受人を要求してきた。それを聞いた容の頭にはふたりの人物が思い浮かんだ。ひとりはロイだ。


 しかし、ロイを引受人にするのは躊躇した。一応共和国の住人ということになっているが、元はと言えば王国のスパイだ。万が一のことがあれば、個人ごとでは済まない恐れがある。


 もうひとりは当然フェリシアだった。そしてそれが一番いい選択なのだとも思っていた。警察官から「身元引受人は?」と聞かれた時、もう少しでその名を出しそうになった。が、寸前で思いとどまった。


 つい先程「協力してやっていくことの大切さ」を思い知った。しかし、これはどうなのだろう? と思う。自分のせいではないとしても、こんなことでフェリシアを頼って良いものなのだろうか? 学徒選のことも脳裏をよぎった。冷たいコンクリートの床に座って、色々なことを考えた。そして、やっと自分が素直にフェリシアに助けを求められない、本当の理由を理解した。


 そうか。俺はフェリシアに拒否されるのが怖いのか。差し伸べた手を、取ってくれないことに恐怖を覚えてる。だからいつだって、自分が手を差し伸べる側にいることを望んだ。そして、自分に伸ばされた手を取るのを拒んだ。それなのに、今は立場が変わっていることに気づいて、怯えている。


 立てた膝に頭を付けて考え込む。しかし、それ以上の答えは出てこなかった。




◆ ◆ ◆ ◆




 フェリシアは、自宅のリビングで椅子に腰掛けていた。明かりも付けず夕食も取らず、ただ容が帰って来るのを待っていた。部屋を赤く染めていた夕日は沈み、既に部屋の中は真っ暗になっていたが、それでもじっと待っていた。


 ドアがノックされる音が聞こえた。「ヨウ!?」立ち上がった拍子に椅子が転がったが、構わずドアへと走っていく。もどかしい思いをしながら、鍵を外しドアを開けた。


 そこにはロイが立っていた。ロイは室内が真っ暗なことに一瞬驚いたが「王女殿下、いきなり扉を開けては不用心ですよ」とたしなめるように言うと、部屋の中へと入ってきた。


 部屋のガス灯を点けると、部屋の入口に立っているフェリシアの姿が、おぼろげに映し出される。目の下には黒いクマが出ていて、瞳は真っ赤に充血していた。ロイはひとまず椅子にかけるように促すと、対面に座って手のひらを組む。「実は、ある情報が私の元へ寄せられてまして、その確認に来たのですが」そこで一旦言葉を切って、フェリシアを見つめる。


「あなたが泣かれていたことと、それは関係あるのでしょうか? あぁ、いえ。関係ないはずがなかったですね」


 フェリシアがハッとして顔を上げた。ロイは組んでいた手を解くと、胸元のポケットから1枚の紙切れを取り出した。それをフェリシアの方へ机の上に滑らせるように差し出す。「カシワザキヨウが警察に勾留されています。警察の場所は、ここに記載されています。我々は警察関連には簡単に手が出せません。王女殿下、あなたはどうなさいますか?」


 差し出された紙をじっと見つめていた。目は大きく見開かれていたが、内容はほとんど頭に入って来ていなかった。ただ、ロイの言った言葉だけが、頭の中を駆け巡る。「ヨウが……警察に……? どうして……」溢れるように発せられた言葉に、ロイが簡単に事情を説明する。


「どうやら、誤解のようなのですが。ただ身元引受人がいないと、釈放されないようです」

「……ヨウはなんて言っているの?」

「詳しいことは分かりませんが、釈放されないところをみると、引受人の提示をしていないようですね」

「どうしてっ!?」

「私にそう申されましても。で、再度伺いますが、王女殿下はどうされますか?」


 そんなこと聞かれるまでもないことだとフェリシアは思った。

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