第24話 相談

「はぁ……。なんで、あんな態度取っちゃったんだろう……?」


 フェリシアは、ようやく息が整ったあたりで、自己嫌悪に駆られていた。木々に囲まれた校舎裏はひと気がなく、驚くくらい静寂に包まれていた。僅かに差し込む木漏れ日が、フェリシアの頬を照らして光る。


 キラキラ光るそれを見て、フェリシアは自分の瞳が、もう輝いていないように思えていた。入学式典から、選挙活動をしていた毎日。容と凪沙と協力して、毎日頑張った。演説で多くの人から応援をもらった。何もかもが光って見えていた。そして、それが失われたのだと、今は感じている。


 木にもたれながら、ふぅっとため息にも似た息をついた。一番最初に違和感を感じたのは、ロイの依頼を受けた時だった。次は報道部を訪れる際。そして、昨日の朝の出来事がとどめを刺した。フェリシアは、ずっと何に不満を感じているのか分からなかった。でも、昨日一日ベッドに寝転んで考えてみて、やっとその答えが出た気がした。


 容が何でもひとりでやってしまうのが気に入らなかったのだ。いや、正確には自分がしようとしたことを、容がやってしまうのが不満だったのだ。


 なんて自分勝手なんだろう。とフェリシアは思う。自分の都合で容を巻き込んでおいて、彼が良かれと思ってやってくれていることに腹を立てるなんて。つくづく、自分の身勝手さに嫌気がさしてくる。


 どうすれば良いのかは、自分でもよく分からなかったが、ひとまずは容と話をしないといけない、ということだけは理解できていた。突然のことだったので、思わず逃げてきてしまったが、このままでいけないことも分かっている。でも、どんな顔で会えば良いのかが分からない。


 その時、近くで落ち葉のこすれる音がして、フェリシアはビクッとして振り向いた。誰もいないはずの校舎裏に、ひとりの学徒が立っていた。


「あなたは……」

「こんな所で何をしている? フェリシア・ウィングフィールド」


 学徒会長エミーリアが鋭い口調で語りかけてきた。「いえ、ちょっと……」と言葉を濁しつつ、エミーリアの刺すような眼差しに気圧されて思わず「学徒長こそ、こんな所で何を?」と聞いてしまう。


「ここは、私のお気に入りの場所なんだ」


 意外にも素直に答えられたことに驚いてしまった。「考え事をする時には、必ずここに来るんだ。こんな辺鄙な場所に来る学徒など、そうそういないからな」と笑う姿に、エミーリアの意外な一面を見た気がした。


「そうでしたか。すみません。なんかお邪魔しちゃったみたいで」

「構わんぞ。私も来年には卒業だ。その後は、お前に譲ってやろう」

「あはは。ありがとうございます」


 そんな他愛もない会話をして、フェリシアが「それでは」と立ち去ろうとすると、エミーリアに呼び止められた。


「お前、何か悩み事があるのか?」


 一瞬、心を見透かされた気がして、思わず「どうして、それを」と口走ってしまう。それを見たエミーリアは「悩みのない人間など、そうそういないからな」とニヤリと笑う。敵わないな、と思ったフェリシアは「実は――」と相談してみることにした。


 エミーリアは現学徒会長であり、選挙戦には影響しないということもあったが、彼女を見ていると、なんとなく信用しても良い気になっていた。フェリシアは昨日からのことを素直に話した。


「どうしてこんなことになったんだろう、って昨日からずっと後悔しているんです。でも、どうして良いのか分からないんです」


 エミーリアとは、入学式典の一件から何度か立ち話をした程度だった。それでもこうして目の前にすると、不思議と何でも話せてしまうような雰囲気を持っているのは不思議だと思う。それが何故なのか、フェリシアには分からなかったが、そのお陰で包み隠さず胸の内を話すことができ、どこか救われたような思いになった。


 エミーリアはいつもの厳しい表情とは打って変わって、穏やかな表情で話を聞いていたが、フェリシアが話し終えると、どこか遠くを見るような目でしばらく考え込んでいた。


 薄い、よく見ないと分からないくらいの微笑を浮かべた。フェリシアが「何かおかしいこと言いましたか?」と聞くと「いや、似ているなと思ってな」と答えた。


「似ている?」

「あぁ。今のお前とかつての私がな。私も以前、同じような経験をしたことがある。仲の良かった友人に、酷い態度を取ってしまい、誰にも相談できず悩んでいたことがあるんだ」

「そうなんですか……。あの、それでその時はどうなったんですか?」

「ん? あぁ、しばらくしてから、また元通りになったよ」

「……どうやって、解決できたんですか?」


 フェリシアは藁にもすがる思いだった。エミーリアと自分の状況が違うことは分かっている。エミーリアが解決出来たことを自分も出来るかどうかは分からないことも理解していた。それでも、どうしても聞きたいと思った。


 エミーリアは再び、どこか遠くを見ていた。そのまま小さな声でつぶやくように「とても簡単だった」と言った。


「自分が思っていたことを言えば良かっただけだった。『私が悪かった。ごめんなさい』ってな。それだけだ」


 瞳に再び光が戻ってきていることが、フェリシアは自分自身で分かった。



◆ ◆ ◆ ◆



「どこだ? どこに行ったんだ?」


 容は息を切らしながら、校内を走り回っていた。


 凪沙に言われたことを思い出してみる。


「私もお手伝いさせてもらい始めた時から、ずっと思っていたんですけど、ヨウさんって何でもひとりでやっちゃうじゃないですか?」

「俺が……ひとりで?」


 そう言われて改めて考えてみると、心当たりのあることが多かった。ロイを手伝って仲間を救出した時もそうだった。報道部を訪ねてみようとした時もそうだった。それ以外にも細かいことを言えば、思い当たる節は数え切れないほどあった。


 もちろん、容としては良かれと思ってやったことだ。フェリシアの負担をできるだけなくしたいと思った結果だ。一生懸命頑張っているフェリシアを応援しているつもりでやったことだ。だが、結果としてはフェリシアを怒らせてしまった。


「ヨウさん、私たち一緒にやっていこうって言いましたよね。でも、ヨウさんといると、なんだか守られていると思うことがあるんです。それが嫌だって言っているんじゃありませんよ。助かっている部分もありますからね。でも、やっぱり……同じ仲間なら苦労も分かち合いたいって思うじゃないですか」


 容は頭を殴られたような思いがした。ずっと前、フェリシアと共同生活を始めた日のことを思い出した。あの日の帰り道、確かに「協力してやっていこう」と思ったはずだった。


 元々容は、ある程度何でもひとりでやってしまう能力を持っていた。それ故に、自分ひとりでやる癖があった。警察にいた時にも、上司から「もう少し周りを頼った方が良い。今のままだと、いつか潰れるぞ」と忠告されたことがあった。それでもその時は、それほど深刻には考えていなかった。「出来ない時には、そう言いますから」とつれなく答えていた。


 それが知らない世界にやってきて、訳の分からない出来事に巻き込まれて、自分がどうして良いのかすら分からなくなり、不安になった。そこで、身近にいた「フェリシアと協力して生きていく」ことを学んだ。それなのに、少しこの世界での生活に自信がついてきた途端、元通りに戻ってしまっていた。


 いつもの「自分ひとりで生きていく」スタイルに戻っていた。


 凪沙の言う「苦労も分かち合いたい」という言葉は、容にとって劇薬とも言える効果をもたらしていた。苦労を分かち合えない人間が、成功を分かち合えることなどない。もちろん、人によって出来ることと出来ないことはあるが、それは「自分ひとりが苦労すれば良い」というものではない。


「凪沙っ!」

「はっ、はい!?」

「ありがとう!! 俺、ちょっと行ってくるから」


 そう言うと、部屋を飛び出した。

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