第30話 逆転
その後、講堂はとんでもない混乱に見舞われた。容はなんとかフェリシアと凪沙を連れて、講堂から脱出し、今は選挙準備室へと戻ってきていた。ティナは、混乱している講堂内で「今から再集計を行います」と言っていた。
今回は学徒の面前で、公正に行うとも言っていたが、混乱した状態ではそれも難しく、一旦学徒を講堂外に出してから、各部の代表者のみを証人として呼ぶこととなった。そういうわけで、容たちは選挙準備室に戻り、結果を待っているというわけだった。
「何時くらいに終わるんだろうな?」容が紅茶を淹れながら聞く。
「それは何も言われてないんですけど、恐らく晩まではかかるんじゃないでしょうか?」凪沙が手帳をパラパラしながらそれに答えた。
「どうする? 一旦帰る?」フェリシアが力のない声で言う。
「でも、帰っても気になるだけだしなぁ」
「ですよねぇ。気になって何もできないですよ」
「まぁ、そりゃそうよね」
「どうなるんだろうね?」
「うーん、流れから言うと『フェリシアさんの逆転大勝利!』って感じですけど」
「案外『再集計したら、やっぱりソフィアが僅差で勝ってました』ってことになったら、なんか微妙だよな」
容は元気づけようと冗談を言ったつもりだったが、逆に室内が静まり返ってしまった。「笑えないわよ」「笑えませんね」「……悪い」
なんとも言えない気持ちになって、紅茶をすする。ガバッとフェリシアが立ち上がった。「でも、やっぱり、あんまり落ち込んでてもしょうがないよね!」「そうですね! ちょっと楽しい話でもしましょう!」凪沙が同調する。「おぅ、そうだな」容も同意した。
しかし結局会話は長く続かず、悶々とした雰囲気で夜を迎えた。辺りはすっかり暗くなっていて、部屋の壁に付けられたガス灯が鈍く室内を照らしている。疲れてしまったのか、フェリシアと凪沙は、先程から机の上にうつ伏せになって寝ていた。容は暖炉の火をいじりながら「どうしたものかな」と考えていた。
あまり遅くなるのならば、やはり一旦解散した方が良いのかもしれない、そう思い始めた時のこと。突然ドアをノックする音が聞こえた。その音にフェリシアと凪沙が飛び起きる。容は扉へ近づくとそれをゆっくりと引いた。
そこにはティアが立っていた。「お待たせしました。投票結果がようやくまとまりました」と静かに告げると一枚の用紙を手渡した。フェリシアと凪沙の元へと持っていく。3人は囲むようにそれを覗き込んだ。
そこには「ソフィア・モーラン 45,326」という表記があった。これは講堂で発表されたものと変わらない。その下へ目をやる。ティナが「本当の投票率は過去最高でした」と静かに言った。
「フェリシア・ウィングフィールド」と書かれた隣に「48,646」という数字が書かれていた。容は思わず目を見張った。「やったー! フェリシアさん、勝ちましたよ!!」凪沙がフェリシアに飛びつく。フェリシアは信じられないという顔をしながらも「うんうん」とうなずいていた。容はどことなく実感が沸かないでいた。黙って二人が喜んでいるのを見守っていた。
「お喜びのところ恐縮ですが、ひとり、あなた方に会いたいという人を連れてきています」ティナが容に向かってそう言った。フェリシアを見ると、不思議そうな顔をしながらもうなずいたので、容は「ええ、分かりました。どうぞ」と答えた。
ティナが「では、お入り下さい」と言うと、開いていた扉からひとりの女学徒が入ってきた。ソフィアだった。
ソフィアは、目を真っ赤にして青ざめていた。「本来ならばソフィアさんからご説明いただく所ですが、どうもその様子では無理そうなので、代わりに私からご説明させて頂きます」ティナはそう言うと、今回の顛末について話し始めた。
ティナの話では、今回の不正を働いたのはソフィア陣営の選挙参謀であるブリジット・ウッドマンという女学徒ということだった。講堂で見たソフィアの近くにいた子か、と容は思い出した。そのブリジットが選挙管理委員の何人かを丸め込んで、フェリシアの票の多くを抜き出したということだった。
投票所から集められた票は、一旦同じ場所に集められ、そこで候補者別、無効票などに分けられる。分けられている途中で、箱に詰められた分が順次別の部屋へと運ばれ、そこで集計が行われる。その運び出しの際に、一部が別の部屋へと持って行かれたのだった。
明け方、集計結果を見たティナは、一瞬でおかしいと感知した。そこからはティナが講堂で語ったように、委員会は再調査を行ったが結果に違いはなかった。納得いかないティアが、委員会メンバーの聞き取りを行っていくうちに、ひとりの学徒が不正を認めた。その証言を元に、失われた票を探し出したのが、ちょうど彼女が壇上に立った少し前のことだった。
当然ブリジットもティナの手で取り調べが行われたが、彼女は「何も指示してない」の一点張りだった。不正をした学徒への聞き取りを進めると、どうやら「経済的、もしくは政治的な見返り」が提示されていることが分かった。
ソフィアにも聞き取りの手が及ぶと、ブリジットは一転容疑を認めて「全ては自分が勝手にしたことだ」と言い張った。それは事実だったのだが、ソフィアは自分の責任だと言ってきかなかった。
「本当にごめんなさい。謝って済む話ではありませんけど……本当に」
そう言いながら、何度も頭を下げた。その様子を見たフェリシアが立ち上がり、ソフィアの前に立つ。そっと肩に手を置いて「顔を上げて。ソフィア」とささやくように言った。ソフィアが恐る恐る顔を上げると、フェリシアは少し微笑んだ。
「あなたのせいじゃないし、あなたのせいだとしても、私は恨んでなんかないよ」
「……でも」
「私ね、あなたのこと。本当は尊敬してたのよ」
「え?」
「中には『お金が豊富にある』とか言う人もいるけど、そんなに甘いものじゃないものね。私も似たような立場だったから分かるよ。王様や大臣の娘ってだけで、そんなお金がいくらでも使えるわけないもんね。みんな、勘違いしているけど『頂戴』って言うだけでくれるものなら、苦労はしないもんね」
実際フェリシアの言う通りだった。ソフィアは確かに身の回りのお金には不自由してはいなかったが、かと言って、なんでもいくらでも使えるわけではなかった。部へ資金提供する際には、どんな小さい額でも父親に承認してもらう必要があったし、そのために時間をかけて説得した。
深夜遅くまで資料を作っても、その場で破り捨てられたこともあった。それでも諦めずに、何度でも繰り返し提案をして、その結果ようやく許可が降りたのだった。ソフィアの瞳から玉のような涙がこぼれ落ちる。フェリシアがそっと優しくソフィアの肩を抱きしめた。
「あなたが必要よ。新しい学徒会、入ってくれるでしょう?」ソフィアの目が大きく見開いた。「わ……私が、学徒会に……?」そうつぶやく。しかしすぐに「そんなの無理に決まっているじゃない! 私は……不正をしたのよ!?」「あなたじゃないでしょ?」
そばで見ていたティナが口を開いた。
「今回の件で、当然関係者はある程度の処罰を受けます。恐らく、直接不正に関わった人間、選挙管理委員会の一部は停学、もしくは退学処分でしょう。そして、直に関わってはいないものの、管理責任を問われる者。これはブリジット・ウッドマン、ソフィア・モーラン、それに私を含めて選挙管理委員の上層部は、その立場を失うことになります」
少しうなだれるソフィア。「やはりそうよね。罪は受け入れないと」とつぶやく。
「それらの学徒たちは、今後選挙戦への立候補、及び選挙管理委員会への就任は難しくなるでしょう。しかし、それ以外に関しては、特に規定はありません」
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