第27話 追い上げ

 容が警察に連れていかれ、釈放された翌日から、フェリシアは毎日のように演説に立った。昇降口や、校庭、中庭など場所を変えながらも、必死で訴えていった。


「私たちは開かれた学校を目指します!」


 フェリシアの呼びかけに足を止める学徒の数は、日に日に増えていた。しかし年が明けて、新しい学期が始まる頃になると、ややマンネリ化してきていることが問題になっていた。熱心に聞きに来てくれていた学徒たちの中から「毎回、同じ話しかしていない」と指摘があったのだ。


「困ったな」容が選挙準備室で演説の資料を見ながら言う。

「困りましたね」と凪沙が腕を組みながらうなずいた。





「しかし、モーラン様。このままでは下手をすると、あのフェリシア・ウィングフィールドに学徒長の座を奪われる可能性が出てきます!」


 容たちのものに比べると、広さが倍以上もあるソフィアの選挙準備室の一角で、一人の女学徒が声を上げていた。ソフィアは苛立った表情で「だからと言って、そんなこと承認できるわけないでしょう!?」とやや声を荒げて答えた。


 学徒長選挙の投票日があと1ヶ月に迫り、ソフィアの陣営はやや浮足立っていた。年明け早々に行われた、学徒を対象とした調査結果が送られてきたせいだった。ソフィアの私財を投入して行われたそれは、全学徒の約1%、1000人を対象に行われたもので、その項目の中にひとつに驚くべき数字があったのだ。


 「時期学徒長にふさわしい人物」というタイトルで行われた調査で、僅差ながら初めてフェリシアがソフィアを上回った。その理由は様々なものがあったが、一番多かったがフェリシア自身が提唱している「開かれた学徒会」への期待であった。当初、ソフィアはそれを聞いた時、あまりに急進的で実現性のないものだと思い、たいして気に留めてなかった。


 しかし、毎日のように行われていたフェリシアの演説や、報道部による政策の告知により、日が経つにつれて徐々に学徒たちの間に期待感が高まってきていた。





「かと言って、今から目新しいものを公約に入れるのもなぁ」容が椅子に座り、頭の後ろで手を組んだままぼやいた。机の向こう側では、フェリシアが難しい顔をしながら資料の束に目を通していた。


 日曜日の午後、自宅のリビングでふたりは朝から、最後の1ヶ月の選挙活動を考えていた。すでに数時間が経過したが、一向に良い案が出てこない。完全に行き詰まっていた。気分転換に紅茶でも淹れようかと、容が立ち上がる。そこへドアがノックされる音が聞こえてきた。


 「どうぞ」と言うと凪沙が勢い良く入ってきた。相当急いでやって来たのだろうか、肩で息をしていて、額にはうっすらと汗が滲んで前髪の一部が張り付いていた。ドアを閉めると、凪沙は手に持っていた少し大きめの箱を掲げた。


「作ってみましたっ! 早速やってみませんか!?」





 選挙戦がもはや安泰ではないことくらい、言われなくても分かっている、とソフィアは思った。自分が、選挙戦をお金を武器に戦っている自覚もあった。フェリシアの掲げる政策は実現性が低いことも分かっていたが、そのような発想が出てこない自分自身にも苛ついていた。


「だからと言って、不正行為が許されるわけがないでしょう!」提案してきた学徒に対し、そう吐くように言い捨てた。ソフィアの選挙参謀であるブリジットという女学徒が提案してきたのは「選挙管理委員会を丸め込む」というものだった。


 共和国の国策「次世代の人材輩出のための高等学校」であるケンスブルグ校の学徒長に、王国出身の元王女がなることなど許されるわけがない。入学式典の日、その考えは現学徒長エミーリアに完全に否定されたが、学徒の中にはそう考える者も少なからずいた。


 選挙管理委員会を務める者の中にも、声を上げて主張する者や、敢えて言わないものの心の中ではそう思っている者も一定数存在していた。ブリジットはそれらの一覧を密かに入手していた。そして学校生活、私生活に至るまで徹底的に調べ上げ、その者の問題点がないか調査していた。


 ある者は両親が経営している会社の業績が芳しくなく、別の者は実家からの仕送りが滞って生活に支障が出始めていることが分かった。ブリジットはそれを利用するよう、ソフィアに提案した。





 凪沙の持っていた箱には「意見箱」という文字が書かれていた。表面には画用紙のような薄い色の紙が貼り付けられていて、上部にはポストのような投函口が設けられていた。手作り感は満載だったが、丁寧に作られているな、と容は思った。


 箱を掲げている凪沙の手には、2箇所ほど小さな包帯が巻かれていた。容に見られていることに気づくと、凪沙は恥ずかしそうに「元々、そんなに不器用じゃないとは思ってたんですけどね」と言った。ポスターなどを作っている姿を見ている容からすれば、凪沙の器用さは舌を巻くほどであり、意見箱ひとつを作るだけでそんなに傷を負うとは思っていなかった。


「それ、いつ作ったんだ?」

「あー、昨日晩に色々考えていて、夜中にピピッと閃いたんですよ。学徒から意見を集めるっていうのは良いアイディアだとは思いますが、今までやったことがないことじゃないですか? だから実際にやってみれば、もっと実感してもらえるって思ったんです!」

「なるほど。で、いつ作ったんだ?」

「ええっと……。思いついたのが明け方で、そこから……」

「寝ないで作ったのか?」

「作ったあと、力尽きてさっきまで寝てたんですけどね。あはは」


 容と凪沙のやり取りを聞いていたフェリシアが、勢い良く立ち上がった。椅子がガタンと音を立てたが気に留めず、まっすぐ凪沙の目の前まで歩いてくると、ガシッと彼女の肩を掴んだ。


「ありがとう……。うん、やろう! すっごく良い案だと思うよ!」





 自分の案がソフィアに一蹴されたブリジットは、ソフィアの個室を退出すると、チッと小さく舌打ちをした。相変わらず甘い、と思った。ブリジットからすれば、ソフィアのやっていることと、自分のやろうとしていることに、それほどの違いはないと思っていた。


 ソフィアは部活動を中心に、資金援助を行っている。表では見返りを要求していないが、お金を受け取った側はそうは思わない。部としてソフィアを公認し、部員にも彼女に投票するように呼びかけるだろう。


 ブリジットはそれを個人レベルまで落とし込んだ。そして選挙管理委員会という、選挙を取り仕切る組織に的を絞った。元王女が学徒長になるべきではない。学徒長にふさわしいのは、ソフィアのように伝統的な共和国民のはずだ。


 そう吹き込むだけだ。


 そして、そっと彼ら彼女らに手を貸す。それだけのことだ。幸いなことに、選挙管理委員会には多数のターゲットが存在していた。それらの全てを抱え込めなくても、充分に効果は出ると踏んでいた。


 不正をしろとは決して公言しない。「ソフィアが学徒長になれば、今後も援助の手は惜しみません」と匂わせて、あとはソフィアが学徒長になる正当性を訴えれば良いだけだ。彼らは自分で判断し、それを実行してくれるだろう。


 それなのに。ブリジットの心に、怒りにも似た感情が湧き上がる。それを表面に出さないように注意しながら、近くにいたひとりの男子学徒を呼び止めた。二言、三言耳元でささやくと、男子学徒は黙ってうなずいた。





 意見箱の設置は、容たちの想像以上の効果をもたらした。


 学徒たちが集まりそうな場所にひとつだけ設置してみたが、当初はチラチラ見る者はいたものの、用紙を手に取り記入するものはいなかった。それでもフェリシアたちは粘り強く、意見を募集していることを訴えていった。


 1週間ほどすると、初めて意見箱の前で立ち止まる学徒が現れ始め、すぐに実際に書いてくれる者も現れ始めた。それは日に日に増えていき、徐々に列をなすようになってきていた。「新しい意見箱を作りました!」と凪沙が言ってきたのは、ちょうどその頃のことだった。


 1日に何個もの意見箱を作り、それを学校内のあらゆる場所へ設置していった。1月も中旬になった頃、容はあることに気がついた。箱を増やせば意見の数もそれに応じて増えていたのだが、ある程度まで増やしたところで、逆に減ってしまっていた。「何がいけないのでしょうか?」凪沙が心配そうな顔をした。「飽きられてきてるのかな」フェリシアは寄せられた意見に目を通しながら言った。


「いや」意見の回収を担当していた容は、その原因になんとなく気づいていた。


「箱を増やしすぎたのかもしれない」

「どういうこと? できるだけ待たせない方が良いんじゃないの?」

「意見が一番集まっていた時期、確かに意見箱の前には列が出来ていたんだ。でも、今は色々な場所に設置したお陰で、ほとんどそれもなくなってる」

「あっ! もしかして『列になっている方が、気になる』ってことですか!?」

「そう……だと思う」


 試しに、3割ほど意見箱を減らしてみると、列は復活し意見の数も再び増加し始めた。


「流石、ヨウ! 言った通りだね」

「ヨウさん、凄いです!」

「褒めても、何も出ないぞ」

「え~」


 試行錯誤の連続だったが、それでも充実していると思った。失敗も多かったが、皆で考えて克服していった。時に意見の食い違いもあった。たくさん話し合った。一日一日があっという間に過ぎていき――2月7日、月の最初の月曜日。


 学徒会長選挙、当日を迎えた。

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