第20話 極楽極楽

「うおー、気持ちいー」


ネマロが大浴槽のバブルジェットの噴射口に背中をびったりとくっつけ、長い足を自慢するように組んでいる。本当に全身むらなく日焼けしている。


「はあー、極楽極楽」


チャイもいつになく砕けた協調的な態度を取っているので少し気持ち悪い。

なんとなく全員大浴槽で車座になる。


「セナ、スタイルいいな」

「ネマロさん、それはお世辞ですか?」

「ちゃうちゃう。純粋に褒めてんだよ。まあ、胸のボリュームは今いちだけどな」

「こういう場合、何の話題が一番盛り上がるんだろうね」

「恋愛話とか?」


わたしがお約束の反応をすると瞬時に、


「げー、気持ちわりー」


とのたまった。


「そんなこと言うけどさ、いずれ我々も結婚せにゃならんだろう」

「ネマロさんがそんなこと言うなんて意外ですね」

「加瀬よ。結婚して子供産まんと世の中つまらんぞ」

「わたしは両親を見てると結婚しない方が世のためになる男女もいるんじゃないかと思うんですよ」

「加瀬ちゃん。お父さんもお母さんも最初はああじゃなかったと思うよ」

「ん? ロック。加瀬の両親がどうしたってんだ」

「ああ。2人ともアルコール依存症で長期入院療養中だ」

「お。そうだったのか。それはすまんかったなー」

「いえ、いいんですよ」

「でもあれだ。だからこそ加瀬はレベルの高い結婚せんといかんぞ。いや、加瀬こそ結婚すべき人間だぞ」

「うん。わたしもそう思うよ」

「あれ。チャイはこういうの否定的なんじゃないの?」

「ロック。わたしはさ。これでも一応子供は欲しいんだよ」

「へえ。チャイが子供好きとは知らなかったな」

「いや別に特に好きってわけじゃないけどさ。なんか、子供産まないと義務を果たしてないような気がしてさ」

「義務?」

「そう。人間としてというよりは生物として繁殖を放棄するのはまずいんじゃないかなー、と」

「ああ。そういう感覚ならチャイらしいね。セナは?」

「リア充はなんとなく主義じゃないです」

「結婚するのがリア充とは限んないよ。現にわたしの親父は母さんに逃げられちゃったし」

「ロック先輩。お母さんとは」

「たまに会うよ。まあ、からっとしたもんだね。それにうちはお姉ちゃんがまあ一家の主婦としての役割を完璧に果たしてきてたからさあ」

「ロック先輩も主婦力高いじゃないですか」

「いやー、まだまだだよ。お姉ちゃんは『経済力』があるよ。センスと言ってもいいね。だからさ、会社じゃCADだけじゃなくって企画総務とか経営に携わる部署の仕事にも引っ張り出されてさ」

「へえ。かっこいいね」

「ロックで生きるきっかけを作ってくれたのはお姉さんですもんね」

「うん。加瀬ちゃんも知っての通りだよ」


チャイがぼそっとつぶやく。


「うらやましい」

「ん?」

「わたし一人っ子で親もああだからさ。傘になってわたしの自由を守ってくれる人が欲しいな」

「チャイ。わたしでよければなってあげるけど」

「えー。ロックが?」

「不満?」

「いや・・・わたしはまあ、ロックのことも尊敬してるけど、年齢的にもう少し年上の方がいいというか」


なんだかんだと長話が続いた。気がつくと手の平がふやけ始めている。


「おー。そろそろ体洗って上がろうか。これから一仕事あるんだからさ」


わたしが号令をかける。

ネマロもそれに続く。


「みんな覚悟しときなよ。つまらん演奏したらいつまでもオーケー出さんからな」


げー、という風にバンドのメンバー全員で嘆いてみせる。

さわさわと体を洗って、脱衣場でコーヒー牛乳とフルーツ牛乳を飲んだ。

当然、手を腰に当てて。

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