第15話 引きこもり少女・ドラマー
バイトもない貴重な祝日を、わたしはその気の重い用件に充てなくてはならなかった。
バンを運転してそこに向かう途中も自分に重苦しい感情が沸き起こるのがよく分かった。
その感情を打ち消すように、カーステで、『ある証明』をリピートした。
ACIDMAN の原曲と、わたしたちROCHAIKA-sex のライブ音源とを交互に。
隣市との境目にある県営住宅の駐車場にバンを停める。
そのまま古びた団地の階段を4階まで登った。
ピン・ポン、と古典的な呼び鈴のボタンを押す。ガチャっとドアが開いた。
「フレディ・・・じゃなかった、
「北部。年取ったね」
小学校の時、わたしのいじめの影の首謀者であり、クラス内の暴力行為をコントロールしていた、北部だ。ついでに言うと、わたしが拳で殴り、鼻血を出させた相手。北部は興味なさそうにわたしを見た。
「何しに来た」
「北部。あんたには用はない。妹は?」
「
「ふーん。会える?」
「ずっと引きこもったままだぞ」
「中1の時から?」
「ああ」
「あんたやっぱり、最低の兄貴だね」
「・・・なんとでも言ってくれよ。本当のことだから言い返す気力もない」
「上がっていいかな?」
返事の代わりに北部は半開きのドアを全開にして脱ぎ散らかしてある靴をどけて、わたしの通るスペースを空けてくれた。
「
「・・・ロックさん?」
「入ってもいいかな?」
しばらくの間があった。わたしは辛抱強く待つ。
「どうぞ・・・」
そう言っていつの間にか入り口まで歩み寄って来ていた
自業自得というものは、必ずしも自分の身に降りかかることを指す言葉ではない。得てして自分の一番大切な愛するものがその被害者となる。
「セナ、三年ぶりだね。元気そうで安心したよ」
「・・・元気じゃ、ないです」
「じゃ、相変わらずかわいい顔してて嬉しいよ」
「かわいい? このわたしがですか?」
「ああ。セナはかわいいよ。すごい美人だよ」
「嘘でもそんなこと言ってくれるのはロックさんだけです」
「わたしがほんとのことしか言わないの、一番よく知ってるだろ? セナ」
セナはわたしが三年の時に
「兄がご迷惑おかけしてすみませんでした」
だった。
知っていたのだ。北部がわたしへのいじめの首謀者だったことを。その上で敢えてわたしが部長だった軽音部に入部して来た。彼女は純粋にロックを愛していた。いや。わたしと同じロックで生きていこうとする少女だった。
セナは小学校の頃から大手楽器メーカーのドラム教室に通っていたという。
期待もこめて、こう聞いてみた。
「セナ、これ叩けるかな?」
わたしがリクエストしたのはレッドツェッペリンの、『Black Dog』
いわずと知れた最高のドラマー、ジョン・ボーナムが所属していた伝説のバンドだ。最高、というのは、クラシックで言えば超絶技巧プラスパワーが要求される最高難度のドラムだという意味だ。
「一週間あれば」
こともなげにセナは言い、本当にたった一週間で完璧に仕上げてきた。
「セナ、腕太くなったんじゃない?」
「やだ。ロックさん、恥ずかしい・・・」
セナはこの最高難度のドラミングに没頭する余り、華奢だったその腕に筋肉がついてしまった。けれども体脂肪率の低い、研ぎ澄まされたロックのための筋肉。
ロックとは、単に音楽のジャンルを指す言葉じゃないっていうことを、わたしはセナに教えられた。
ロックとは、その人間が生きる際の志向を指し示す言葉だと思う。
だから、ベートーヴェンはロックだ。
ゴッホもロックだ。
宮本武蔵も、非業の武将達もロックだ。
有名でなくとも、儚さに命をかけて散って行ったすべての無名の人たちは、ロックだ。
けれども、突如、わたしたちのロックの日々が汚される。
『死ね』
シンプルな落書きが、間断なくセナの自席に書かれるようになった。
わたしが中3の秋。セナが中1の秋。
『原因』などという言葉は使いたくない。なぜなら、原因があろうがなかろうが、一個の人格に向かって、『死ね』と平然と言える人間は、クソだからだ。
けれども、わたしはとにかくセナをロックの日々に戻してやりたかった。
セナのクラスの女子どもを問い詰めても全員がヘラヘラとしてて埒があかないので、男子数人を小突きながら尋問した。
「セナって三年の北部さんの妹じゃないですか。三年の女子の先輩で、昔北部さんにいじめられて恨んでる人って結構いるんですよ。で、運動部中心にそういった人たちが後輩部員に指令出して、セナをやれって」
「・・・なんだそれ」
「でも、
「関係ない。なあ、お前ら、セナを助けてやろうとか思わないのか」
「そりゃあ、俺らだって見てていい気分なんてしないですよ。でも、女子全員相手じゃなあ」
「お前らそれでも男か」
「先輩。じゃあ、俺らがセナを助けたとして、そのあと先輩は俺らが無事に学校生活を送る補償してくれるんですか」
「それは・・・」
「できもしないことを、人に求めるのって、卑怯なことじゃないですか」
その時のわたしは何も言い返せなかった。できることと言えば、休み時間の度に一年のクラスにセナを迎えに行って一緒にいてやることぐらいだった。部室だったり、中庭だったり。休み時間が終わる頃になると、
「戻りたくない・・・」
と、彼女は目を潤ませた。
「北部‼︎」
わたしは北部のクラスに怒鳴り込んだ。
つかつかと北部に歩み寄って、間髪入れずに胸ぐらをつかんだ。
「セナがどういう目に遭ってるか知ってるのか」
「ああ・・・」
「妹のことだろ、なんとかしろよ」
「・・・俺だって、怖いんだよ」
「何が?」
「いじめられるのが・・・」
くだらない。
この程度か、男って性別は。
わたしが好きなロックを奏でる男達は、『男』という性別とか関係なく、ロックな人間だってことなのか。
殴る気も起きなかった。
結局、わたしは教師に告発した。
チクった、ってことになるのかもしれない。教師達がやったのはいじめている側への働きかけではなかった。
担任がセナの家を訪問した翌日、北部とセナの両親は自主的な不登校を学校に告げた。
そしてその日からずっとセナは部屋に閉じこもったままだった、ということになる。
「ロックさん。文化祭で『奴隷天国』やってくれたんですね」
「うん。本当に、全員音楽で殺すつもりだった。セナのクラスの女子も、三年の女子も、見て見ぬ振りする男子も、教師も全員。『奴隷天国』で怒鳴り殺すつもりだった」
「・・・」
「ごめん。結局わたしはセナを助けてやれなかった」
「ロックさん。そんなことないです。わたしは救われてますよ」
「え」
「だって、わたし今でも毎日ロック聴いてますもん。エレカシも、ツェッペリンも、ACIDMANも、RCも」
「そっか・・・ドラムは? 叩いてないの?」
「スティックだけは捨てずに持ってて。こうやってクッションならべて、ダダダ、って真似だけすることはありますね」
「ねえ、セナ」
「はい」
「もう一回、叩いてくれないかな」
「え」
「わたしと一緒にさあ」
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