第16話 メンバーの引き継ぎ

引きこもりの少女を部屋の外に出すという作業はそこまで大変ではなかった。

庇護者が傍におり、彼女自身に何か好きなことがあれば。

セナの場合は、数々の美しいロックバンドが好きなもの。庇護者はまあこのわたし、ということになるのだろう。


ただし、外に出るという行為と、第三者とコミュニケーションを取る行為とはイコールではない。

でも、わたしはまったく構わない。

極端な話、セナはわたし以外の誰とも一切コミュニケーションを取る必要はない。

彼女がやるべきことはドラムの前に座ること。

そしてそれを叩くこと。

それだけでいい。


「その子が?」

「はい」

「あなた、名前は」

「・・・」

「セナ、って言います」

「ロックちゃん、あなたに訊いてるんじゃない。この子に訊いてるの」

「根元さん、質問は後にして、この子のドラム、とにかく聴いてもらえませんか」

「叩けるの?」

「多分」


土曜の朝。

Gun & Me のステージ。客席には根元さん、わたし、加瀬ちゃん、チャイ、そしてイサキもいる。

根元さんの眼が厳しい。セナが使い物になるのかどうか見極めようとしている。シビアな経営者の目だ。


「じゃあ、セナちゃん。とにかくあなたのテクニックすべて叩いて見せて」


みんな、待つ。

時間が過ぎるけれどもセナは叩き始めない。

よく見ると足が震え、顔が汗でびっしょりになっている。

根元さんがつぶやく。


「やっぱりダメね」

「セナ、目をつぶって叩いてみなよ」


みんな、えっ、という顔をするけれどもわたしは本気だ。セナならそれぐらいのことはできる。


ド・と1音バスドラのフットペダルを踏んだ。後はもうただただセナのドラムに金縛りにされ続けた。


年齢とすれば15歳でイサキと同い年。だけれども高校生でもなく、中学生でも中学中退でもない。

中学を卒業保留中。それも、3年間。

そういう引きこもりの子であるという先入観を全員が持つのは仕方ないことだった。現にわたしもそうだった。

けれども、そういう彼女の現況だとかこれまでの経緯だとかがすべて無効となるような凄まじいドラムだった。

テクニックはもちろん、中1にしてツェッペリンのドラミングを軽々とこなしていたパワーも衰えていない。

それどころか彼女のネガティブな生い立ちがドラムセットをフィルターとすることで爆発的なエナジー波としてわたしたちにぶつけられる。


何よりも、イサキがとても悔しそうな顔をしていることがすべてを表していた。


「ROCHAIKA-sex の次のドラマーです」


その夜は現メンバーでのライブを終えた後、根元さんはセナをドラムに一曲演奏することを求めた。入れ替わりにセナにドラムセットを譲るイサキ。根元さんは、メンバー変更があっても集客を落とさないように必死なのだ。客に対してきちんとドラマーの引き継ぎをするつもりなのだ。


「レッドツェッペリンの、『ロックン・ロール』です」


わたしたちはTシャツかワイシャツにジーンズという感じの自前の服をステージ衣装にしてるけれども、セナは部屋着のジャージしか持っておらず、それでツェッペリンを演奏した。

長身ではあるけれどもみたまんま引きこもりのドラマーの登場に最初お客さんたちは、『はあ?』という表情をしていた。けれども、セナの圧倒的なドラムの前に徐々に演奏に引きずり込まれて行った。

正直、加瀬ちゃんのベースすらセナのドラムの前には霞んでしまう。

チャイの歌も果たして聴いてもらえているのかどうか怪しい。

でも、バンドが注目を浴びるのであればそれでも構わないという考え方もできる。


「おおおー」


客のどよめきは今までで一番だった。

ただ、メンバーの雰囲気に違和感を感じつつ楽屋に戻った

ドアを閉めるなり、チャイが言った。


「わたしはこいつを認めないから」

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