第17話 エロい‼︎

「認めない?」


わたしはチャイに静かに言った。そして続けた。


「何を?」


チャイは一瞬怯んだけれどもすぐさま体勢を立て直して反撃してきた。


「バンドアンサンブルというものが作れないでしょ。他者とコミュニケーションが取れないんだから」

「そう? わたしさっきのライブでお客さんと一番コミュニケーション取れてたのってセナだと思うけどな」

「どこが」

「だってさ。残酷だけどセナ以外のメンバーはお客さんの目に入ってなかったでしょ。わたしも含めて」

「そんなことない」

「もしかしてチャイはイサキのことを庇いたいの?」

「違う。イサキが辞めるのは自分の都合だし現実的に代わりのドラマーは必要。そうじゃなくってさ。物事は技術だけじゃないんだってこのバンドで歌って初めて分かったんだよ」

「ごめん。じゃあ、論点を変えよう。まず、セナのドラムの技術はどうだと思った? 加瀬ちゃん」

「満点。隙がない」

「イサキ」

「悔しいけど、圧倒的だって思った。ロック一筋で生きてくるとこうなるのかな、って思った」

「そうだね。イサキが吹奏楽一筋に打ち込んできたのと同じだよね。チャイ」

「・・・凄かった」

「OK。じゃ、次。セナのドラムは技術だけだったかな? わたしはそんな訳ないと思ったけどな」


しばらく誰も口を開かなかった。

でも、わたしの予想通り、語り出したのはイサキだった。


「・・・はっきり言って、これがわたしに足りないものなんだって分かった気がする。セナは同級生たちの心ないいじめによって、ロックを取り上げられた。渇望、というか、辛酸、というか。わたしにはそんな経験はない」

「イサキ。あなた、やっぱりすごいわ」

「ロックさん。わたしがすごいんじゃない。この ROCHAIKA-sex っていうバンドの全員がすごい。負け惜しみでもなんでもなくって、わたしはセナにも会えてよかったって思ってる」

「イサキ、ほんとにそれでいいのかよ‼︎」


チャイが激した。


「だって、こいつはさ。さっきからみんなが自分のことでやりとりしてるのに知らんふりだろ。無反応だろ。いじめにあってたとか引きこもりだとか、そんなの関係ないよ‼︎」

「・・・わたしは」


セナがかすれた聞き取りにくい声でつぶやき始めた。


「わたしはロックさんと一緒にバンドやりたいだけ。みんなの難しい話とか考える余裕もないの」

「考えなくてどうすんだよ」

「チャイちゃんはわたしのこと、嫌いなんだよね。それはもう仕方ない。だってわたし、こんなだもの。でも、わたしのドラムの演奏は嫌われる言われがない」

「こいつ・・・」

「チャイ。セナの言う通りだよ」

「加瀬。お前まで・・・」

「チャイ。わたしは音楽ってとても残酷なものだって随分前から気付いてた。必ずしもいい人格がいい演奏できるわけじゃない。極端な話、殺人者であっても人を感動させる演奏ができることもある」


セナがピクピクと目尻を痙攣させ、涙目になる。


「ごめん。セナ。あなたの人格に問題があるって言ってる訳じゃないよ。ただ、あなたのドラムはあなたという人間を離れて一個の人格を備えてるのよ。いわば、セナはドラムとセットで人間としての完成形なんだよ」

「加瀬ちゃん。それって加瀬ちゃんだから言えることだよね。加瀬ちゃんのベースも一個の人格を持ってる。わたしは、加瀬ちゃんのベースを尊敬している」

「ロック先輩、ありがとうございます。チャイ。わたしはチャイの歌も尊敬してる。イサキのドラムも尊敬してるよ。だったらセナの加入はさ、それぞれの演奏を更に引き上げる起爆剤になるんじゃないかな。セナの演奏が溶け込むような高いレベルのバンドアンサンブルを目指せばいいんじゃないかな。わたしたちはバンドで。イサキは吹奏楽で」


実は、これこそが加瀬ちゃんの能力だとわたしは思ってる。

ベースの高い演奏力だけじゃなく、バンドというものを理論立てて理解し、それをメンバーにも納得させる。

決して自分を押し出す訳じゃなくって、本当に自然な形で。

加瀬ちゃんこそ本当のリーダーかもしれない。

わたしは改めてみんなに伝える。


「みんな。ロックってさ、妥協しちゃダメなものだよね。でも、妥協したくなる人間の弱さも否定しない。わたしはさ。小学生の自分を救ってくれたクイーンのような、ロックで生きていくことを決定づけてくれたエレファントカシマシのような、そんなことを他の誰かにもしてあげたいんだよ。オーディエンスにも。それから、イサキが吹奏楽で成功することも。加瀬ちゃんが将来プロとしてバンドで生きていく手助けも。チャイがバンドで燃焼して母親と分かり合えるようになることも。セナが苦しんでる今の状況の打開も。そういうことをひっくるめて誰かの救いになるような、そんなロックがやりたいんだよ」


チャイが言った。


「円陣、組んでみない?」


ぷ、と加瀬ちゃんが笑う。


「なんだよ、加瀬」

「いや、チャイらしくないこと言ってるな、って思って」

「わたしだってそういう気持ち持ってんだよ。円陣組むの、組まないの?」


誰ともなしに丸くなって右手をそれぞれ1人ずつ重ねていった。わたしが号令をかける。


「ROCHAIKA 〜」

「sex‼︎」


『sex‼︎』と叫んで手を中空に振り上げてから、全員で爆笑した。


「エロい‼︎」

「よく考えたら女子バンドの名前じゃないよね」

「誰だよ、こんな卑猥なバンド名にしたの」

「わたしだよ。文句あんの⁈」

「ない〜」


そう。

わたしはバンドが、楽しい。

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