第18話 女子バンドのお約束

イサキは約束通りひと月でバンドを脱退した。打ち上げをやろうとしたのだけれども、吹奏楽の遅れをリカバーするのに一分一秒も惜しいということで夏の大会の後にお預けとなった。


セナが加入した新生 ROCHAIKA-sex は、まだまだセナのドラムだけが目立つ状況が続いている。20曲近くわたしと加瀬ちゃんとで作ってあったオリジナル曲の中から、ドラムパートがそれほど目立たない曲もステージで演ってみたけれども、やはりセナのすごさは隠せない。まさかセナに手を抜けという訳にもいかず、正直どうすればいいかわたし自身が手詰まり感を否めない。

打開策としてひねりだしたのが、これだった。


「合宿しよっか」


他の3人の動きが一瞬止まった。


「合宿? この4人で?」

「そう」


チャイのシンプルな質問にわたしもごくシンプルに答える。けれどもチャイはしつこかった。


「どこで? ていうか、無理でしょ? ただでさえみんな色んな制約条件の中無理してバンドやってるのに」


確かにそうなのだ。


加瀬ちゃんは Gun & Me のスタッフバイトとライブのギャラでも自活には心もとなくて青果市場のバイトも入れてる。かくいうわたしも、バンのガソリン代等がバカにならなくて一緒に青果市場のバイトを続けてる。

チャイは日本舞踊の稽古があるにも拘わらず、母親から殴られながらもスタッフバイトとバンドのヴォーカルをこなしてくれてる。

セナは引きこもりだから暇だというわけでは決してなく、時折起こるパニック障害との戦いをしながらぎりぎりの精神状態でバンドに参加してくれてる。


みんな、余裕などないのだ。

だからわたしの発案があまりにも長閑のどかすぎてチャイは殺意すら抱いたのだろう。わたしは丁寧に解説する。


「今週末連休でしょ? なんとか一晩だけみんなの都合つけてさ。合宿場所はここ」

「ここって?」

「だから、Gun & Me を借りて泊まり込みでさ」

「たった一晩で何ができるっての」


こういう時のチャイはとことんネガティブで反抗的だ。まあ、それがこのこの子の激情溢れる反骨ヴォーカルに繋がってる訳だけれども。どうしようかと迷ったけど、以前加瀬ちゃんに話した『サプライズ』の、ほんの一部分を少しだけ出してみることにした。


「レコーディングするんだよ」

「レコーディング?」


加瀬ちゃんとチャイが同時に反応した。

セナも言葉は発しなかったけれども目を丸くしてみんなの顔をくるくると見ている。


「デモをレーベルに持ち込む」

「持ち込み? 今時?」

「うん、そうだよチャイ。デモ音源のサイトへの投稿でもコンテストへの応募でもなく、持ち込み」

「ロック、それ本気か?」

「わたしが本気以外のこと言ったことってあった?」

「ないけどさ」

「じゃ、その辺はわたしに任せてくれないかな。決して無駄なチャレンジにはしないからさ」

「ロック先輩。そうするとオリジナル曲を何曲か録るってことになりますよね」

「加瀬ちゃん。一晩しかないんだよ。一曲だけ。それに全力レコーディング」

「うーん。どの曲がいいかな」

「わたしは、『行こうか』がいい」

「お?」


思いもかけないセナの自己主張にチャイが反応する。


「セナ。お前、どうして『行こうか』がいいんだよ」

「凄いポップで疾走感あるし、それにまだ曲だけで歌詞がついてないからこれから考えるのも楽しいし」

「楽しい・・・セナからそんなセリフ聞くとは思わなかったな」

「チャイ。セナは基本ロックが楽しいんだよ。ていうか、ロックしか楽しいことがないんだよ」


わたしがチャイに解説を加えると、チャイも納得したようだ。


「んでさ。合宿にレコーディングのエンジニアを1人参加させたいんだけどさ。どうかな?」

「ロック先輩、誰ですか?」

「放送部のネマロ」


チャイが訝しい顔でわたしに聞き返す。


「誰だって?」

「ネマロ」

「どこの」

「放送部の」


チャイは何度も首をひねりながら呟いた。


「スカジョに放送部なんてあったか?」

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