第14話 代わりのドラマー

どわー、っと歓声が沸き起こる。

約束どおり、イサキのために ACIDMANの『ある証明』を演奏する。

はっきり言って、わたしの気分も高まる。

ウィークデーは個人練習をし、土曜の朝からは Gun & Me のスタジオに篭ってひたすら全員でリハをした。


大成功だった。


間違いなくイサキの演奏は一皮むけた。

良い曲がエモーションを生み出す、ということの証明だ。

この『ある証明』という素晴らしい曲をなんとかしてかっこよく弾きたいという全員の思いが1つになった。


曲のクライマックス。

イサキの見せ場だ。


イサキは一瞬ドラムの音を止めた後、次の瞬間にスネアを凄まじい速度で叩きに叩いた。その間隙に手を瞬間移動させるような動作でシンバルへの打撃を入れる。

わたしもイサキのドラムに合わせてギターを、ガーン、と轟音で鳴らす。

チャイが哲学的なのに激情溢れる歌詞を、魂込めて歌う。


観客もイサキの高速ビートに合わせて体を揺らし、手を突き上げ、顔を天井に向ける。感極まって泣いている女性客すらいる。


最高だ。

これぞ、バンドだ。

わたしは心の中で繰り返す。


『ACIDMANは最高だ。『ある証明』は最高だ』


エンディングだ。


全員が最後の1音を最大全力で奏で、イサキのシンバルとわたしのギターの残響音がライブハウスを満たした。


「イエーイ‼︎」

「ROCHAIKA-sex 最高‼︎」


楽屋へ戻る細い通路で、まるでプロレスラーの花道のように、ハイタッチしたり体に触れられたりして客からもみくちゃにされた。


「おつかれー‼︎」


全員でボトルコーラをごくごくとほとんど一気飲みする。


「くー、うめー」

「サイコー」


そのまま4人でわやわやとなんだかよくわからない内容の雑談を繰り返した。こういう瞬間は自分たちが女子であることを思い出す。


「みんな、お疲れ。よかったわよ」


根元さんが楽屋に来てわたしたちを労ってくれた。


「あなたたちはほんとにすごい。2人はロックバンド初体験なのに。あなたたちの才能に私は嫉妬すら覚えるわ」

「ありがとうございます」


チャイは根元さんにはほんとに素直だ。

しばらく根元さんも混じって女子トークに花が咲いた。


「ところで、みんな」


笑いすぎて頭がぼうっとしかかっていたわたしたちに、根元さんが真面目な表情を見せる。


「こんな時に仕事の話をするのはなんなんだけれども、単刀直入に言うわね。

ROCHAIKA-sex はたった二週間でもはやうちの看板バンドよ。ブレイキング・レモネードの穴を埋めて余りあるぐらい」


みんな、誇らしい笑顔になる。


「で、ずばり、イサキちゃん」

「はい」

「あなた、来月からも出れない?」

「それは・・・」

「吹奏楽部から期間限定での借り物ってのは分かってるわ。高校生バンドに頼る情けなさも分かってる。でも、ほんとにうちの死活問題なのよ。いいバンド・・・ううん。稼げるバンドがいないのよ」


喜ぶべきなのだろう。

この根元さんから最大級の賛辞をもらっているのだ。でも、わたし自身がどうしよう、という迷いでいっぱいだ。

イサキが静かに答える。


「わたし、ほんとにこのバンドが好きです。うちの吹奏楽部のベストメンバーと同じぐらいに」

「うん」

「でも、わたしは遠藤部長を追っかけてスカジョに入ったんです。ロックさんやみんなが才能も心も努力も全部もってるってのはこの短い期間で本当によくわかりました。それでもわたしはやっぱり、吹奏楽で生きていきたいんです」

「・・・分かった。イサキちゃん、ごめんね。無理言って」

「すみません、根元さん」

「よし、じゃあ、あと二週、最高のステージ見せて‼︎」

「はい‼︎」


全員で答えた。


「ロックちゃん、ちょっと・・・」


帰り際、わたしだけ根元さんに呼び止められた。


「ロックちゃん。代わりのドラマーの当ては?」


やっぱりきたか。

これが現実だ。

そして、契約の責任を果たすためには、わたしもドライに気持ちを切り替えなくてはならない。


「1人だけ、心当たりはあるんです」

「ほんと? 誰? 友達?」

「いいえ。できれば会いたくないっていうか・・・友達とは最も程遠い子です」

「そう・・・でも、わたしも長くは待てないわ。来週のステージまでに目処をつけて報告してくれないかしら」

「はい・・・わかりました」


気が、重い。

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