第13話 ロックしてる女の子
月曜の午後一の授業。
森っシーの数学の授業だ。
眠い。
わたしたちは土日の夜、連続してステージに立った。
初日の土曜こそ前座扱いだったけれども、翌日にはメインアクトとして根元さんは厚遇してくれた。
「うちだって商売だからね」
これはわたしたちに対して評価してくれてる、ってことだ。けれども、加瀬ちゃんのような古くからの知り合いだったとしても、しょぼければ当然切って捨てられるって意味でもある。根元さんはやっぱりプロだ。
「
「はーい」
わたしはつかつかと教壇の後ろに歩いて行き、ホワイトボードにすらすらと書いていった。
「う。正解だ」
「証明の過程はどうですか?」
「・・・よく筋道立てて解いてある」
森っシーの残念そうな顔がとてもいい。
学業というものに関してはわたしはお姉ちゃんの実に厳しい指導で躾けられてきた。
「真正面から正々堂々と相手にものを言うのなら、カエノも物事に真剣に取り組みなさい」
そうなのだ。
わたしは森っシーの授業は欠席したことはないし、課題や予習をサボったこともない。別に勉強が特に好きなわけではない。単に、森っシーの土俵において常に誠実であれば、わたしの側に後ろめたさはかけらもないからってだけ。それでも森っシーとドタバタする関係なのは、単に森っシーが予想を超える不誠実さを見せるからってだけのことで。
今日はライブハウスのスタッフ仕事のバイトはない日。全員、自分の領分を一生懸命こなす日なので、午後の授業が終わるとわたしは早々に帰り支度をし、よしやの駐車場に向かった。
「ロックさん」
声を掛けられ、振り返ると、イサキが立っていた。わたしのバンに歩み寄ってくる。
「イサキ。どうしたの? 部活は?」
「ちょっとロックさんにお話があって。お茶でもしませんか?」
「いいけど。エンドーに許可もらってるの?」
「はい。今日は特別休暇です」
「ふーん。じゃ、行こっか」
2人してバンに乗り込んだ。
ファミレスかファストフードかと思ったら、きちんとした喫茶店に案内された。イサキがナビしてくれて着いたのは駅の裏にある古い純喫茶店。窓際だけれども陽光が柔らかに抑えられるレースのカーテンがかけられたテーブルで向かい合った。
「へえ。いい店知ってるんだね」
「はい。子供の頃から父によく連れられてきた店なんです」
「へえ。センスいいんだね、イサキのお父さんって」
「はい。自慢みたいですみませんけど、ほんとにかっこいい父親でした」
「でした?」
「わたしが中学生の時に亡くなったので」
「そっか・・・いいお父さんだったんだね」
「ありがとうございます」
「話って?」
「はい。率直にお聞きします。どうすればドラムが上手くなれますか?」
「いや、もう充分上手いよ。ほんと、びっくりしたもん。バスドラとかもまともに使えるのかと思ったら、もう、慣れ親しんでる、って感じだったもん。ロックとか吹奏楽とか関係ないレベルだよ」
「ロックさんは事実をストレートに言う人だから、その言葉は素直に嬉しいです。でも、やっぱりわたしのドラムには足りないものばかりです」
「うーん。まあ、エモーションの領域に入る話だからね・・・」
「ロックさんはどうやってギターが上手くなったんですか?」
「まあ、エレファントカシマシの曲を心を込めて弾きたい・歌いたい、って最初はそれだけだったかな」
「わたしも何かそういうバンドを持てばいいんでしょうか」
「うーん。Core of Soul 以外になにかないの?」
「いえ。吹奏楽一筋だったので。Core of Soul は母親と車に乗ってた時にラジオから偶然流れてきたんです」
「そっか・・・うーん。・・・たとえばさあ。こういうのとか、好きかな?」
わたしはスマホを出して、動画を再生する。ジャックにイヤフォンを装着してイサキに手渡す。
「ACIDMAN っていうスリーピースバンドの、『ある証明』 って曲なんだけど。ほんとにこのバンドは演奏がすごい。ドラムもとても上手いし、熱いバンド」
エコーのかかったシンプルなリフで始まり、ドラムが被さる。
ギター・ベースが轟音で唸り、タイトでテクニック溢れるドラムがこの曲の疾走感を生み出す。
そして、このバンドが演奏する姿は、本当にかっこいいのだ。
「わたしこの曲大好きなんだけどさ。イサキの気に入るかなあ」
わたしがそう声を掛けてもイサキは返事をしない。土曜日のライブ前の練習で、加瀬ちゃんが持ってきたオリジナル曲の楽譜を読み込んでいた時の真剣な顔がそのままだ。動画を食い入るように見ていた。
演奏が終わったところで改めて聞いてみた。
「どう? イサキ」
「・・・わたしもこんな風に叩いてみたい」
「そっか。OK。じゃあ、来週のライブでこの曲やろう」
「ありがとう、ロックさん」
「でも、いいの? 吹奏楽部の練習もあるのに」
「ロックさん。わたしは音楽のすごさに改めて目覚めたんですよ。夏の大会にはこんな凄いバンドのテクニックもエモーションも取り入れた圧倒的なアレンジと演奏を見せて、オーディエンスの度肝を抜きたいんです」
「そっか」
わたしは彼女のきりっとした表情を見て言った。
「イサキは誰よりもロックしてるよ。でも、夏の大会の前に、Gun & Me のオーディエンスにも度肝抜いてもらってもっと楽しんでもらえるようになろうよ」
「はい」
わたし、この子好きだな。
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