第12話 ファースト・アクト

18時30分、開演。


「あれ? バイトの子たちじゃん?」

「なにやってんのー」


クスクスと笑いが起こる。常連さんたちの軽いイジりに逆にこちらの緊張感が溶けていく。


「こんばんはー」


チャイが脱力したいい感じで第一声を発した。客席もこんばんはーと返してくれる。

客の入りは六分。

土曜の夜のしょっぱな、前座扱いのわたしたちとすればまずまずだろう。

特に気負いも緊張もなく、いきなりイサキがスネアをすたっ、と打撃し、一気に曲へと入った。


『君は、それでいいのか』


オリジナル曲だ。

ド・ド、と常にバスドラが最後までリズムの根底をかたち取る展開の曲。

加瀬ちゃんのベースが被さる。

わたしはおもむろに更にギターリフを上乗せする。


タタタタ、とイサキがスネアを連打するのを合図に、チャイの抑えたヴォーカルが観客に初披露された。


『且つ、わたしは今日の課題を終える


《リフ》


今までの無気力を帳消しにして


《リフ》


行って・み・た・い 街がある


《リフ》


くだ・ら・ない、わ・たしの願い事、今日も聞いてくれてるあなたの顔


Ooh、君はほんとにそれで満た・され・るのか


Ooh、君のほんとの姿、隠し・と・おーせるのかー

今だけの顔でも』


ギターソロ、ドラムのフィルイン。ベースのドライブ。

そして、チャイは唐突にシャウトして狭いステージを駆ける。


たった一曲でわたしたちは汗だくになった。それだけ手数も根性も込めた演奏だった、と満足した。


観客は・・・


「フーっ‼︎」


という感じの声を大勢であげてくれ、しかも床を踏み鳴らす人たちもいる。

両手を高く掲げてクラップしてくれる人。

ピースサインや、それ以外の指のサインを作ってかざしてくれる人。

拳を高く突き上げてくれる人。

ここにいる人数以上に感じる拍手喝采がわたしたちに浴びせられた。


「ありがとう」


チャイが絶妙のタイミングで観客に応じる。


やっぱり、気持ちいい。

ここがわたしの居場所だとはっきり再認識できた。

おそらく、加瀬ちゃんも。

イサキの幼くも凛々しい顔も、高揚で少し柔らかになっているようだ。


そしてチャイはすごかった。


「イエッ、イエッ、イエーッ‼︎」


絶叫して客を煽る。


「次の曲。駆け抜けるわたしたちの大好きな曲。『Flying People』」


おそらく観客のほとんどはこの曲と同世代ではないだろうけれども、チャイの熱い叫びにつられて、ヴォルテージが最高潮に達する。

そのまま曲に突入し、エンディングまで全力疾走した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る