第11話 最初のオーディエンス
ライブハウス、『Gun & Me』
わたしたちの県よりも都会の隣県で3本の指に入る有名店だ。
「思ってたよりずっと大きいですね」
今日が初登場となるイサキが驚いている。
「一応、スタンディングだと最大3百人まで入れるよ」
加瀬ちゃんが解説する。わたしはそれに補足する。
「加瀬ちゃんがいたバンドはここのNo.2だったんだよ。No.1のバンドは半年前にメジャーデビューしたし」
「え? そうなんですか?」
「うん。ブレイキング・レモネード、って知ってる?」
「え? 知ってますよ。だって、吹奏楽部で夏の大会にそのデビュー曲やろうかって言ってましたもん」
エンドーの差し金だな。
「加瀬さん、すごいですね。そんなバンドと肩並べてたなんて」
加瀬ちゃんが謙遜する。
「並べてない並べてない。ブレイキング・レモネードは別格だったからね」
「イサキ、あと、このライブハウスはオーナーがすごい有名なんだよ」
そうわたしが更に解説を加えようとすると、当のオーナーが店の入り口まで出迎えてくれた。
「あら。加瀬ちゃん、ロックちゃん、ご苦労様。えっと、その子?」
「はい。イサキ、っていうんです」
「イサキです。よろしくお願いします」
「
イサキが軽く驚いているのが分かる。まずは根元さんが女性であること。それからもう1つは、
「あの、失礼ですけど、こんなにお若い方とは思いませんでした」
「あらあら。ありがとね。まあ、自分から年齢言うのもなんだけど、私はもう25よ。あなたたちから見たら年寄りもいいとこ」
「え、まだ25でこんな立派なライブハウスのオーナーなんですか?」
「しかも根元さんは創業オーナーだよ。創業5年目であっという間に有名店にしちゃった」
「5年目、てことは・・・」
「ええ。私、大学生の時に起業してね。そのまま就職せずにこれを本職にしちゃった」
「すごいですねえ・・・」
「ううん。たまたまよ。さ、イサキちゃんも来てくれてこれで4人全員集合ね。で、バンド名決まった?」
「はい。『ROCHAIKA-sex』です」
「あら。平等に全員の名前からとったのね」
「分かります?」
「ええ、一発で。仲良しね、あなたたち」
そう。根元さんにかかったらわたしらは仲良しグループの小娘程度のもんだろう。
「じゃ、早速で悪いけど、あなたたちの現状の実力を見せてね。イサキちゃんはロックバンドが使うドラムキットに触れたことは?」
「中学の時に吹奏楽部の単独コンサートがあってポップスメドレーやって。その時に叩いたことはあります」
「へえ。さすが、名門スカジョで一年生でパーカッション任せられるだけのことはあるわね」
そう言いながらいきなりステージに上げられた。
「なんでもいいわ。一曲やってみて」
わたしと加瀬ちゃんはギターとベースをセッティングする。
チャイはマイクスタンドの前に立つ。
イサキはドラムキットの後ろに座った。
わたしは一番ロックとは縁遠そうなイサキに合わせるべきだと考えた。
「イサキ。どんなバンドなら知ってる?」
少しの間、考える彼女。
「あの、皆さん知ってるかどうか分かんないですし、ロックバンドとも言えないと思うんですけど・・・」
なんだろ。すごく興味がある。
「『Core of Soul』 っていう三人組のユニットの、『Flying People』っていう曲が大好きです」
お⁉︎ わたしは瞬時に反応する。
「マジ? わたしも実は大好き」
奇跡だろうか。残り2人も反応した。
「実はわたしも」
「同じくわたしも」
なんだろう、これって。決して万民が知っているとは言えないユニットの、けれども奇跡のように美しいこの曲。
やはりこの4人は何かとても不思議な縁がある、ってことなんだろうか。
「じゃ、やってみよっか。正直、打ち込みと生楽器が半々の曲だけど、アドリブでできる? みんな」
全員、こくんと頷く。イサキも、頷く。
「私は知らないわよ、その曲もユニットも」
「根元さん。ほんとにいい曲なんですよ。わたしたちの演奏でなんとかその良さをお伝えしますから」
「そうね。知らない曲だから上手いのか下手なのかわからない、っていうんじゃオーナー失格よね。わかったわ。一発やってみて」
一応わたしがリーダーっぽい感じなので、わたしの短いギターリフ2音を合図に、ん・はい、という感じで促した。
すたっ、とイサキがスネアを叩き、さらにわたしのギターリフを続ける。
最初の1音でイサキが一流であることが瞬時にわかった。とても、タイトな打撃音。
加瀬ちゃんが正確無比なベースラインを奏で始め、チャイが歌う。
前奏部分でのチャイの高音域の発声。お互いがお互いの演奏に引き込まれる。
『なにこれ。気持ちいい‼︎』
わたしは本能で演奏し始める。
チャイが歌い始めると、あとはひたすら4人で疾走した。
とても深い歌詞なのに、一緒に歌い出したくなるメロディー。疾走感溢れるリズム隊。切ないギターのフレーズ。
なんとかしてこの曲の素晴らしさを伝えたい。
とても初めて一緒にやったとは思えない一体感があった。
曲が終わるのが名残惜しい、そんな感覚で最後の残響音で閉じた。
「すごいすごい‼︎」
根元さんが客席で1人、力一杯の拍手をしてくれた。記念すべき『ROCHAIKA-sex』の最初の
「よかったわよ、みんな。ただ、課題も見えたわね」
やはり甘くない。根元さんはプロだ。
「まず、イサキちゃん」
「はい」
「リズムはほんとに正確。スネアの一打一打も、きちんと高い打点から打ち下ろしてて、女子とは思えないしっかりした音。吹奏楽とかロックとか関係なく、あなたは打楽器というものの天賦の才能に恵まれてる。・・・でも、それだけじゃわたしの心までは震えない。わたしの言ってること、わかる?」
「・・・はい。なんとなく。吹奏楽部の部長からもそういう技術以外の部分を掴んでこい、って言われました」
「さすがスカジョの部長。高い次元の音楽を目指してるわね。でも、あなたはすでにこれまでの努力でここまでの技術を掴んでる。頭が下がる。あとは、人間としての努力の問題。一緒に頑張りましょう」
「は、はい‼︎」
「それから、チャイちゃん」
「はい」
「あなたの声はとても魅力的。なによりも言葉がはっきりしてて、一度聞いただけで歌詞が理解できる。でも、ちょっと怒り過ぎね」
「え?」
「あなた、エレカシ好きなんだよね?」
「はい」
「エレカシは怒りだけのバンドじゃないわよ。哀しみ、っていうか、静けさも併せ持つ大人のバンド。どう? 当たってる?」
「・・・わたしもそうだと思います」
「だったら、もう少し心を鎮めた歌い方も覚えなきゃ。聴く人に染み入るような歌を」
「はい」
「加瀬ちゃん」
「はい」
「わたしからは文句なし。でも、ロックちゃんはどうかな?」
「え?」
「どう? ロックちゃん」
「そうですね・・・加瀬ちゃんはもっと自己主張してもいいと思います。それこそ、ベースラインでメロディーを歌ってやる、ぐらいの気持ちでやってもらいたいです」
「そうよね。演奏は、ほんとに完璧。今すぐにでもプロのバンドに加わってやってけるだけの技術もエモーションも持ち合わせてる。でも、だからこそそれをガンガン出してもいいと思う。特にできたばかりのこの未熟なバンドにあっては」
「はい」
「はっきり言って、あなたの圧倒的なベースでこのバンドの演奏の穴を見えなくするぐらいの気持ちでやっていいし、事実そうすることで他のメンバーの演奏も引っ張り上げられる。ね。遠慮しないで」
「わかりました・・・でもそれが一番難しいなあ・・・」
「分かるわよ。加瀬ちゃんの性格上そうよね。でも、踏ん張って。みんなついてこい、ぐらいの気持ちでやって」
「はい」
「で、最後にロックちゃん。あなたも演奏については私から言うことはないわ。ただ、やっぱりあなたのヴォーカルも聴いてみたい気はするわね。チャイちゃんがダメってことじゃないのよ。キースリチャーズやチャボだって時にギターを弾きながらヴォーカルやると、とんでもなくかっこよかったりするでしょ?」
「ロック。何曲かヴォーカルやったら?」
意外なことにチャイがそう言った。
「チャイ。場合によってはそれもありかとは思うけど、わたしが歌ってるとき、あなたはどうする?」
「ダンサーにでもなる」
ぷ。と根元さんが笑う。
「まあ、それはともかく、ロックちゃんがヴォーカルやる時はチャイちゃんもギター弾いたらいいかもね」
「え。わたし、ギターって触ったこともないですよ」
「意外とできちゃうものよ。ストリートスライダーズってバンドがあったんだけどね。そのヴォーカルも歌いながら弾いてたけど、練習なんてほとんどやらなかったらしいわよ」
「ほんとですか?」
「ええ。難しいフレーズを弾く必要はないから、歌へ向ける激情をギターの演奏に少し振り向けたらいい具合に抑揚のきいたヴォーカルになれるかもしれない。やってみよう」
「はい」
「じゃあ、あなたたち、今夜からステージ出られる?」
「え⁉︎」
さすがにわたしも驚いた。
「いきなり今日からですか?」
「どう? さっきの曲一曲だけでもいいし」
「やらせてください」
加瀬ちゃんが積極性を見せる。
「それと、実はオリジナルの曲、わたし持ってるんです」
「ほんと?」
「はい。どう? みんな。楽譜も持ってるから、夜まで練習してその曲もやってみない?」
確かに、チャイ以外はみんな楽譜も読める。それに、イサキは期間限定での吹奏楽部からの貸し出しだ。このメンバーでできることは全部やっておいた方がいい。
「うん、やろう加瀬ちゃん。出し惜しみせずにやろう」
どうしよう。
久しぶりに心が高揚してきた。
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