第28話 優位に立とうとする人ってかわいそう

加瀬ちゃんの選曲は、エレファントカシマシの、『今宵の月のように』。

加瀬ちゃんは常々、こんなにベースラインの美しく切ない曲を聴いたとがないといっている。


バンドマンだけれども柔らかな少女の顔をした加瀬ちゃん。立ったままベースを弾き、歌う。

卓越した歌唱力、って訳じゃないけれどもしっかりとした歌声。

この曲の認知度はやっぱり高い。エレカシと同年代と見える男性サラリーマンが一緒に歌っている。


笑顔で拍手してくれる彼らに加瀬ちゃんは深々とお辞儀をした。


人は行き交う。


「次、セナだよ」

「・・・1人じゃ無理」

「しょうがないなー」


チャイがセナと一緒に降りようとする。

そこへネマロも座席を立ち、降りる。


「ちょい待ち。3人でユニット組もう」


Gun & Me で借りてきたコンパクトなシンセドラムをセッティングし、ネマロはショルダータイプの小さなキーボードを弾く。


曲は、麗蘭レイランの、『ミュージック』


「こんにちは」


チャイがオーディエンスに挨拶すると、


「はいこんにちは」


とおじさんが答える。なんだか微笑ましい。


音量は抑えてあるけど、演奏は熱かった。


「ウ・オーイエー!」


というコーラスの部分では、セナが恥ずかしがりながらも声をちゃんと出していた。かわいらしい。


チャイ、セナ、ネマロという、攻めてるアイドルユニットに見えないこともない組み合わせに、


「イエーッ」


と悪ノリするおじさんもいた。


「ロック先輩、見てください」


加瀬ちゃんに言われて車の中からビルを見ると、窓際に何人も連なってチャイたちを見ている。


「ようやく気になり出したみたいね」


そう思ってるとチャイたちに社員証をぶら下げた女性が話しかけているのが見えた。


チャイがなんとなく応対している。


「ねえ。あなたたち、バンドやってるの?」

「ええ。見ての通りですよ」

「もしかして、うちに売り込み?」

「うちって、どこ」

「わたし、KPIの営業推進担当なの。田上タガミといいます」


そう言ってその女性はチャイに名刺をわたしている。


「ロック先輩。行かなくていいんですか?」

「もうちょっとチャイたちに任せておこうよ」


なんだかチャイの態度がつっけんどんなのがわたしには面白いのだ。

チャイはその本領を如何なく発揮している。


「あなたたちの話だけでも聞きましょうか」

「どういう意味?」

「だって、ここがKPIだって知っててやってたんでしょ? なら、あなたたちがどんなバンドか話だけでも聞いてあげるわよ」

「訳、分かんない。わたしらがどんなバンドか知りたきゃ演奏聴いてりゃいいじゃん。それとも、自分の感性を信じられないから解説とか誰かのお墨付きでも欲しいんですか、あなたは」

「あなた・・・せっかくチャンスあげてるのに」

「別に。聴かないんなら他所よそ行ってるだけだから」


よしよし。さすがチャイ。


「じゃ、そろそろ出ようか、加瀬ちゃん」


わたしはバンから降りてみんなのところに歩み寄った。


「こんにちは。どうしました?」

「あ。あなたがリーダー?」

「リーダーっていうか、ただ単に年寄りってだけですけど」

「あなたたち、いつもこんな感じのユニットで活動してるの?」

「いえ。一応4ピースバンドで、時折ヘルプでこの子がキーボード弾いてくれるって感じです」

「ふーん。路上ライブとかやってるの?」

「いえ。一応ライブハウスでやってます」

「へえ。なんて所?」

「Gun & Me です」

「あら。それって、ブレイキング・レモネードの出てた所じゃないの?」

「ええ、そうですよ」

「何・・・じゃ、あなたたちもやっぱりうちと契約したくて来たんでしょ」

「わたしらがそんなおめでたい人種に見えますか?」

「じゃあ、何しに来たの」

「御社に諌言かんげんしにきたんですよ」

諌言かんげんいさめに来たってこと?」

「はい」

「おもしろいこと言うのね」


田上さんはまだ自分が優位に立ってると思わせたいようだ。かわいそうだけれども30分後にはこの人に厳然たる事実を伝えて愕然とさせていることになる。


「田上さん。いつから演奏聴いてました?」

「・・・あなたがスプリングスティーン弾き始めた時から」

「じゃ、最初からじゃないですか。なら値踏みするような駆け引きは白々しいですよ」

「・・・ごめんなさい」

「わたしたちとビジネスの話がしたいんなら聞いてあげますよ。田上さん」

「ええ。分かったわ。部長に話通してくるからここでちょっと待ってて」

「わかりました」


田上さんは小走りでビルの中に消えて行った。

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