第29話 真摯な社会人

KPI本社の会議室で営業部長の丘野オカノさん、担当の田上さんとテーブルを挟んで座った。

2対5。そして、この7人の中で男性は丘野部長1人。

この男1人ってのが難敵だった。

年齢とすれば40代半ばだろうか。

イケメン、ではある。体だって服の上からでも摂生されてることがよくわかる。まあ、頭もおそらく相当いい。

けれども、滲み出る陰険さを隠そうという奥ゆかしさはかけらもなかった。


「で。キミらはどうしたいの?」

「どう、とは?」


わたしが主に応対する。こういう時真っ先に口を開きたがるはずのチャイも危険を察知してるようだ。


「ここがKPI だって分かって演奏してたんでしょ? ブレイキング・レモネードと同じかな?」

「それはさっきチャイが田上さんにお話ししました」

「わたしが君に訊いたのは『どうしたいの?』ってことだよ。質問の答えになってない」

「・・・デビューしたいって思ってます」

「ふーん。ちょっと全員立ってみて」


がたっ、と椅子を引いて言われるままに5人で立った。


「まず、右横向いて。90度」


右向け右、だ。


「はい、今度は左90度」


言われる通りにする。


「正面向いて、顔を30度下に向ける・・・ちょっと、それ30度じゃないだろ!」


セナが深く下げすぎた。セナは全身をビクッ、と震わせて瞬時に顔面が蒼白になる。チャイが丘野に噛み付く態勢を取っていたのをわたしは制した。


「セナ。ちょっとだけ下げればいいから」


わたしが静かな声で言うとセナはようやく体のこわばりが解けた。


「はい。それじゃ今度は右側からくるっと一周して戻って。右からだよー。こんな簡単な指示もわからんようじゃダメだぞー」


ほぼ感情なく全員指示に従った。


「うん。よし。まず一次選考の結果。チャイ、セナが通過。ロック、加瀬、ネマロはダメー」

「なんだよ、それ」


わたしの制止を振り切ってチャイが丘野に噛み付く。


「うん? キミは日本語わかんないのか? キミとセナだけ一次通過」

「わたしらはバンドだっつてんだろが!」

「そんなのどうでもいい。使えるヤツだけ欲しいんだよ、うちの会社は」

「大体あんたはバンドの演奏聴いてないだろ?」

「なんで私がキミらの演奏聴く必要あるんだ。田上くんから報告は聞いた。演奏はまあ全員そこそこだって。ならあとはルックスに興味持てるかどうかだけだろ。違うか?」

「分かりました」

「お。ロックくん、さすがリーダー。物分かりがいいねー」

「ええ。わたしはこれで失礼させてもらいます」

「はいはい。あ、チャイとセナは残ってね。まあ、二次通るかどうかは分かんないけどね」

「おい、ロック。いいのかよ。ほんとに行くのかよ」

「チャイ。とりあえず二次受けてて。後で連絡するから」

「後で?」

「うん。午後から T-factory にアポ入れてるから」

「T-factory?」


チャイの反復を聞いて丘野の顔色が変わった。


「そう。チャイだって知ってるでしょ。KPIさんのご同業だよ」

「いやそりゃ知ってるよ。日本で一番でっかいレーベルだから」

「なんだ・・・キミらはT-factoryも受けるのか?」

「受ける? そんな企業面接みたいな言い方、とても音楽レーベルの部長様の発言とは思えませんね。陳腐で」

「じゃあなんだ」

「T-factoryにはわたしらの方からチャンスを与えて上げたんですよ。だって、わたしらの存在そのものを知らなきゃ向こうの機会損失ですからね」

「だから、具体的に言ってみろ」

「ただ単にわたしたちがレコーディングした曲のデータを送っただけですよ。音源だけね」

「ふっ。それでアポ取ってこれからオーディション、てだけだろ」

「いいえ。もう、条件の提示も受けました」

「何・・・?」

「わたしたちは未成年ですから後は親の承諾書を貰って、返事をすれば契約成立です」


ネマロ、加瀬ちゃん、チャイ、セナまでわたしの言葉に口をあんぐり開けてる。チャイが我に返る。


「ちょ、ロック。どういうことだよ」

「ごめん。勝手だとは思ったけど、『行こうか』をレコーディングした日にすぐデータを送ってあったんだ。次の日にはもう諸条件全部連絡来たよ」


丘野はまだ虚構にすがる。


「駆け引きか」

「はあ・・・駆け引きじゃなくって、『事実』ですよ。具体的な金額は先方に失礼なんで言えませんけど、まあわたしが就職活動をする必要がもうなくなるぐらいの金額ですね」

「そんな。お前らのルックスも見ないで音源だけで判断する訳ないだろ」

「はあ? わたしラジオで初めてエレカシ聴いた時、音だけで衝撃でしたけど。丘野部長さんのおっしゃってることって音楽に関わるプロとして何か変じゃないですか?」

「それは・・・」

「なんならT-factoryに聞いてウラ取ってみたらどうですか? でも多分、『自分でいい音楽かどうかも分かんないのか』って言われて恥かくでしょうけど」

「そんな無礼なこと言ってて後悔するぞ」

「逆ですよ、丘野さん。わたし就職活動で地元の中小企業いくつも回りましたけど、みんな高校生のわたしにも真摯に対応してくださって社会人として尊敬できる方たちばかりでしたよ。御社は業界トップクラスの大企業ですけど、あなたのような方が部長だってことに危機感を覚えますね」

「じゃあ、ここへ何しに来たんだ」

「別に。業界を客観的に見るためにだけですよ。いいデビューネタもできましたしね」

「デビューネタ?」

「はい。もしT-factoryからデビューしたらインタビューの度にこう答えますよ。『某レーベルでは門前払いされました。ルックスがしょぼいって理由で』って。多分御社の社長さんはバカじゃないと思いますから、自社の機会損失と対応の責任の所在とを調査・分析するでしょうね。そしたら幹部がバンドの目利きもできなかった、って結論になるんですかね」

「お前・・・」

「・・・丘野さん。わたしはあなたに『お前』呼ばわりされる言われはありませんよ。そんなの、社会人として常識じゃないですかね」


わたしは時計をちらっと見て席を立つ。


「じゃ、失礼します。チャイ、セナ。もしセクハラとかパワハラみたいなことされたら後でわたしにちゃんと言うんだよ」

「ああ、分かった」

「ちょ、ちょっと待ちなさい」

「すみません。約束に遅れるわけにいきませんので」

「T-factory と会った後でもいいから、きちんと話をしよう」

「丘野さん、何なんですかあなたは。わたしたちはあなたのためにもう1時間も使ったんですよ。さっきまでのはじゃあ、冗談だったとでも言うんですか」

「た、頼む」

「・・・じゃあ、こうしましょう。わたしはT-factoryへは契約締結の即答はしません。他社からも話を聞いているところだと伝えます。でもそうする条件として御社の社長に直接オーディションをしてもらうこと。どうですか?」

「それは・・・」


よほど社長が怖いと見える。


「どうですか? わたしは別にどちらでもいいですよ」

「分かった・・・社長に話を通しておく」

「はい。ではそうしてください」

「ロック、そんなの後でどうとでも言い訳されるぞ」

「大丈夫だよ、チャイ」


わたしはニヤッと丘野に笑いかける。


「その時は面白いデビューネタが1つ増えるだけだから」

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