第10話 『ROCHAIKA-sex』

ライブハウスのスタッフ仕事はとりあえずわたし、加瀬カセちゃん、チャイの3人で平日に通い始めた。チャイが一体どうやってあの母親を説得するのか正直想像できなかったけれども、


「明日から行ける」


とこともなげに言ってきた。

ただし、右の唇の端が切れ、チャームポイントである、ぷくっとした唇が腫れてさらに膨らんでいた。


「ほんとに折檻されたのか?」


とわたしが訊くと、


「くだらない親だよ」


と一言言ったきり話はそこで終わった。


スタッフ仕事が終わった後でスタジオとリズムボックスを貸してもらい、3人で音合わせしてみた。

チャイが知ってる曲の方がいいだろうということで、エレカシの曲を何曲か。

加瀬ちゃんとわたしはたまに2人で河原にアンプを持ち出してセッションしていたので、まあ、ブランクは感じない。

それでもって、チャイに対するわたしと加瀬ちゃんの感想は、


「声がばかでかい」


だった。


この小柄で線の細い体からどうしてこの音圧が吐き出せるのか、ただただ圧倒された。


『俺の道』は圧巻だった。


絞り出すように怒鳴り叫ぶパートがある。声は確かに女の子の声だけれども、マイクがいらないんじゃないか、というぐらいにびりびりとチャイの声がスタジオに響き渡った。加瀬ちゃんのベースとわたしのギターが彼女の声に弾き返されるようで、気合を入れ直した。


チャイはミッシェルガンエレファントも歌えると言ったので、ロシアンハスキーも演ってみた。

脱帽した。

技術面ではまだ問題はあるけれども、女子がここまでの激情でもってロックを歌い上げることができるのかという感動すらあった。


今週の平日はこんな感じてあっという間に過ぎ、土曜日になった。

ライブハウスのオーナーは、4人全部揃うということもあり、一応オーディションぽいものをやらせてくれという。

まあイサキはロックのドラムキットをどこまで扱えるかということも含め、センスをみるという雰囲気らしい。

早い時間に来てくれと言われたので、土曜の朝、みんなの家をバンで迎えに回った。

加瀬ちゃん、イサキとバンで拾い、最後はチャイの家だ。


「さおり、いい加減にしろよ‼︎」

「それはこっちのセリフだ。殴ればなんでも言うこときくと思うなよ‼︎」


とても日本舞踊で身を立てる親子のやり取りとは思えない。暴力性と下劣さとで、『恥も外聞もない』というのがこれほどぴったりくる光景を見たことがない。


「ロック、早く出して‼︎」


チャイが助手席に駆け込んでドアを閉めるか閉めないかのタイミングでバンを出し、一気に加速させた。

バックミラーに母親の鬼の形相が写っていたけれども、まあ、気の毒だなという程度の感慨しか持てなかった。


「チャイ。これから毎回これを繰り返さなきゃなんないの?」

「ごめん。変な親で」

「いや。似た者親子だよ」


峠道に差し掛かる前にわたしは切り出した。


「あのさ。バンド名決めなきゃいけなんだけどさ。なんかある?」


みんな、一瞬静寂。けれどもそれはほんの数秒の話で、それから全員好き勝手なことを言い出した。


「エレカシ愛」

「却下」

「ブラバン4」

「意味不明。却下」

「ある少女のバンド」

「うーん。却下」

「ロックと荒くれ女子ども」

「やですよそんなの。却下」


収集がつかなくなってきた。やむを得ない。わたしが適当に決めるしかなさそうだ。


「あのさ。みんな自己主張強すぎるから、全員の名前を入れるのでどう?」

「ロック先輩、案があるんですか?」

「安易かも知んないけどさ。ロックの

RO。チャイのCHA。イサキのI。加瀬ちゃんのKASEをとってさ。んで、バンドっぽく組み合わせてさ。『ROCHAIKA-sex』・・・『ロチャイカ-セックス』・・・どう?」


あれ? 反応ないな・・・ダメかな?


「ロック先輩、すっごくかっっこいいです‼︎」

「うん。いいんじゃないの。決まんないし」

「イサキはどう?」

「うーん。わたしの名前が、『I』しか入ってないのはちょっと引っかかりますけど、まあ、いいですよ」


決まった。



ROCHAIKA-sex


「じゃあ、景気付けに、カーステかけるね」


中古のバンはカーステも旧式だ。ナビなどなく、古い型のCDがあるだけ。


わたしがプレイボタンを押すと、チャボのギターリフが大音量で車内に流れた。近辺に民家なんかないので、ドアウインドウも開けた


RCサクセションの、とにかくイカした曲だ。


「うわ、なにこれ?」


チャイが即効で反応した。


「RCの、『ドカドカうるさいロックンロールバンド』だよ‼︎」


加瀬ちゃんとわたしとが同時に叫んだ。

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