第9話 エンドー vs チャイ with 加瀬

「うーん。ドラムだなー」


六区ロック加瀬カセちゃん、チャイの3人でドリンクバーを何往復したか分からない。誰1人として妙案を出せなかった。


「はあ。ファミレスで女子高生3人がカプチーノばっかり飲んでさ・・・ねえ、チャイ。日本舞踊だったら楽器の演奏とかも関係あんでしょ? 和太鼓マスターとか連れてきなよ」

「訳のわかんないこと言うなよ。加瀬の言ってることって日本人なら全員歌舞伎できるって言ってるのとおんなじだよ」


違うと思うけど、どちらにしても加瀬ちゃんとチャイの応酬が不毛なことには違いない。そしてやはりわたしは忘れ難かった。


「やっぱり、伊佐木イサキ ヒナタだよ」

「でもエンドーさんが絶対離さないでしょ」

「エンドーも根性あるからなー。それに輪をかけて根性ありそうだったからな、伊佐木は。多分伊佐木は将来部長だよ」

「あのさ」

「ん?」

「伊佐木って行動する時に何に重きを置いてるんだろうね」

「ん? チャイ、どういう意味?」

「いや、なんていうか。すごい真面目じゃん、あの人ら」

「うん。真面目だ」

「だからさ、損か得かっていう基準では動かないと思うんだよね」

「うん。わたしもそう思う。エンドーはテストの採点ミスがあって自分の点数が下がる時でもきちんと自己申告するような奴だから。伊佐木もそういう感覚を既に持ってると思う」

「だからさ、六区ロックもその線で攻めて見たらどう?」


チャイが言うことの方向性は間違っていないと思う。

ただ問題は、わたしらのバンドにはメリットやらデメリットやらどころか、現時点では全く何も無い、ってことかな。


煮詰まった状態で3人の空気が険悪の極地に達しようとした時、ぞろぞろと女子高生の集団がファミレスになだれ込んできた。

うちの吹奏楽部だ。

わたしは、エンドーと目が合った。


「ん? なんだかテンションの低い奴らがたむろしてるな。出ようか」

「こら、エンドー。何好き勝手なこと言ってるんだよ」

「なんだ、やっぱりロックか。どうりで負のオーラが漂ってると思った」

「ふ。まあ、ほんとのことだから腹も立たないよ。エンドーたち3年はどーでもいいけど、後輩がかわいそうだから店変えたりするなよ。わたしらもうすぐ帰るし」

「ふ。じゃあ、しょうがないな」


20人近い大人数だ。吹奏楽部はふざけたり騒いだりする訳じゃないけれども、結構な音量で今日の練習の反省会をケンケンガクガクとし始めた。


「・・・真面目だけど、メーワクな奴らですね」

「まあ、青春だからいいんじゃないの?」


加瀬ちゃんとわたしは吹奏楽部に対してこんなもんだろうという諦観をもって接することができる。けれども、チャイは違うようだ。


「虫酸が走る」

「ん? 何、チャイはああいうアツいの嫌い?」

「あいつらのはアツいんじゃなくって、選民意識じゃん」

「選民意識?」

「うん。実績もあるし理想もある。だから何やっても自分たちの行動が優先される、って勘違いしてるんだよ」


チャイの方こそアツくなり過ぎだ。わたしはクールダウンさせようと思った。


「チャイ。そういう時期があってもいいんじゃない? バンドにしたって思い込みの勢いで若いうちは突っ走ってさ、後から分析することだってあるでしょ。今吹奏楽部から選ばれてるって意識を取っちゃったら、エネルギーの源泉がなくなっちゃうかもしれないからさ」

「吹奏楽部とうちらのバンドと、何が違うっての」

「チャイ。何も違わないよ。わたしらにとってバンドが大事なように、エンドーや伊佐木たちにとっても吹奏楽が大事だってことだよ」

「納得いかない」


ちょっと、と声をかける間も無くチャイは吹奏楽部のテーブルに歩み寄ってて行った。彼女が標的にしたのはエンドーだった。


「エンドー、っていうの?」

「誰? あんた」

「2年の滝本。あだ名はチャイ」

「ふーん。チャイ、わたしに何か言いたいことあるの?」

「ある」

「なに」

「全国大会行くのって、そんなに偉いの」

「・・・別に大会でいい成績納めることそのものは偉くもなんとも無い」

「じゃあ、なんで優勝目指すの」

「いい音楽をこのメンバーで奏でたいから。目的はあくまでもいい演奏をすることで成績は単なるその結果でしかない。それで進学に有利になって音楽を続ける道が拓けるのならなおいいって程度」

「ふ。どうして全国大会優勝がいい演奏の結果だって言えるの」

「何⁈」

「成績決めるのって結局審査委員なんだろ?」

「・・・だったら何?」

「甘っちょろい。関係者同士の内輪ウケの世界でしかない」

「なんだと?」

「吹奏楽に興味も何にも無いオーディエンスに聴かせて感動させるんじゃないと意味ないでしょ」


加瀬ちゃんが立ち上がった。


「ちょっと行ってきます」

「うん。頼むね」


冷静な加瀬ちゃんなら場を治めることができるだろう。


「エンドー先輩、すみません。チャイが失礼なこと言って」

「加瀬か。いいよ、僻んでるだけだろ」

「え?」

「なんだよ、加瀬」

「・・・エンドー先輩、僻みってどういう意味ですか」

「なんだ加瀬。お前も言いたいことあんのか」

「僻んでるって、ほんとにそう思ってるんですか」

「それ以外何があんだよ」

「エンドー先輩、ふざけないでください」

「あ?」

「わたしは一度だって吹奏楽部が羨ましいと思ったことありませんよ。なぜなら、わたしはロックバンドをやってきたことに何の後悔もありませんから」

「・・・ごめん、加瀬。わたしの失言だ」

「伊佐木さん」

「は、はい」

「伊佐木さんは吹奏楽に命かけてるんだってね」

「はい。そうです」

「ほんとにかけられるの」

「え?」

「わたしはロックに命かけてるよ。なぜならわたしには他に何もないから」

「・・・そんなのわたしも同じです」

「違う」

「な・・・何なんですか、あなたは」

「待て、伊佐木」

「部長。だって・・・」

「伊佐木。お前も本気だけど、加瀬はもっとなんだ。加瀬はな、両親が2人ともアルコール依存症で施設に入院してるんだよ。こいつが中学の時からずっと」

「え」

「加瀬がライブハウスの出入り禁止になったって話、聞いたことあったろ。地元近隣県だけでようやく通用するレベルかもしれんけど、加瀬はプロのベーシストなんだよ。あの両親抱えてまともな生活するために加瀬のバンドはライブハウスと契約してた。だから、出入り禁止はほんとに死活問題だったんだよ」


わたしの胸がズキズキ痛む。


六区ロックは原因が自分だと責任感じたんだろうな。運転免許とったりする金が必要だからってこともあったけど、青果市場のバイトって、結局加瀬と一緒にバイト付き合ってやるためだったんだよ」


わたしはエンドーを遮った。


「エンドー、それ言うなうよ」

「別に、いいだろ。ほんとのことなんだから。お前が加瀬のために真剣になってるのは。なあ、六区ロック、ドラマーは他の奴探してくれ」

「うん。分かった」

「ただし、こういうのでどうだ」

「ん?」

「ライブハウススタッフの仕事って、すぐ行かなきゃいけないんだろ。バンドの出演はいつだ」

「来月頭から。スタッフ仕事は平日3日で、バンド出演は土日だけ」

「じゃあ、来月いっぱい週末だけ伊佐木を貸してやる。その間にドラマー探せ」

「部長⁈」

「伊佐木、どうだ。お前ならドラムもできるだろ」

「でも・・・」

「すまん。部長のわたしがこんなこと言ったらお前が逆らえない性格だってのは分かってる。わたしは卑怯だよな。でも、音楽って、演奏技術だけじゃどうしても表現できないことがあるんだよ。加瀬にしばらく付き合ってそれをなんとなく感じ取ってきてくれないか」

「・・・はい」

「夏の大会本番ではお前も土日フル稼動だ。すまないけど頼む」

「わかりました、部長」

「と、いうことだ。うちの大事な伊佐木、潰すんじゃないぞ、ロック」

「ふ。どこまでワンマンなんだよ」

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