第8話 エレカシ仲間

土曜の朝。

チラシを徹底リサーチした上でスーパーマーケットをハシゴするのがわたしの役割であり且つ趣味でもある。そして、このバンを手に入れたことにより行動範囲が格段に広がった。今日は前から来ようと思っていて来れなかった、一番遠い店まで来た。


店内をカートを押しつつ物色して回る。広告の品である料理酒1家族3本まではゲット済みなので、あとはゆっくりと周遊するだけだ。


「おり?」


最初誰か分からなかった。ブルーのストライプが入った清楚なワンピースに白の柔らかな生地のカーディガンを羽織り、靴は茶のローファー。いかにもこの海外のおしゃれな食材も扱うワンランク上のスーパーに似合いそうな出で立ちだ。

けれども、こういう白を基調とした服装なので、浅黒の顔と細い手足、そしてショートの髪が余計に目立った。


「チャイ‼︎」

六区ロック・・・先輩、こんにちは」

「あれ? なんでわたしの名前知ってるの?」

「『奴隷天国』やった人だよね?」

「お、おお? あんた、葛中くずちゅうか⁈」

「ああ、そうだよ」


チャイが葛中くずちゅう出身だったのには驚いたし、いきなりタメ口聞いてくるのも驚いた。それよりももっと驚いたことがある。


「文化祭の時さ、曲名一切出してないけど、なんであれが『奴隷天国』だってわかったの?」

「いや。小学校の時からエレカシ聴いてるから」

「うお・・・マジ⁈」

「・・・なんでそんなに驚くんだよ。あんただってエレカシ聴いてるんだろ」

「へえ・・・ふーん・・・へへ」

「なんだよ、その笑いは」

「いやー。わたしエレカシ仲間に飢えてたんだよね」

「別に仲間じゃないよ」


「さおり」


巾着を手に提げた和服の女性がチャイに声をかけた。

チャイの母親にして日本舞踊の師匠であろうと判断し、わたしは挨拶する。


「こんにちは」

「・・・こんにちは。あなたは?」

「同じ高校の六区ロックと言います。さおりさんにはいつもお世話になっております」

「ほぼ初対面じゃないか」

「六区さんて、中学の文化祭で暴力事件起こしたあの六区さん?」

「はあ・・・すみません。えっと?」

「あの時、主人がPTA会長だったんだけどあなた、そういう意識とかある? 」


思い出した。

確かに校長と一緒に『滝本』というPTA会長に謝罪しに行った。じゃあ、あれがチャイの父親だったってことか。

当時は隣市の市民病院の内科部長をやってたから、わざわざ病院まで謝りに行った。みんなピリピリして対応してたっけ。文化祭のオーラス出番だったわたしたちが会場をぐちゃぐちゃにした後で滝本会長は鬼のような形相で閉会の挨拶してたもんね。


「それでその六区さんがさおりとどういうお付き合いをしてくださってるの?」

「その・・・さおりさんにバンドに入ってもらおうと思って」

「・・・あなた、バカなの?」

「まあ、バカ寄りではありますが」

「あのね。あなたを軽音楽部のない高校にしか進学させないように働きかけたのは私と主人なのよ。その娘にあなたはそんな勧誘をしようとしてるの?」


あ、そういうことか。確かに教師が考えるにしては余りにもやり過ぎな感じがしてたけど、これなら分かる。世の中こんなもんか。


「母さん」

師範せんせいと呼びなさい」

「・・・師範せんせい、そんなこすい子供みたいなことしてたんですね」

「さおり。あなたもいい加減舐めてると折檻するわよ。うちの流派の跡取りがあんなくだらない音楽聴いてるなんて恥だわ」

「くだらなくない」

「くだらないし、努力もせず、才能があると勘違いしてる人間ばっかりじゃない。ロックなんて音楽の名にも値しないわ」


「まあまあ」


険悪な雰囲気の母子の間に無理やり割って入る。


「わたしも中学の時のことは反省してます。さおりさんをもうバンドに誘ったりはしません。すみませんでした」

「・・・さおり。先にレジに行ってるわよ」


母親は和服なのにものすごい速歩きで消えて行った。


「ごめん」

「ん? チャイが謝ることないよ。元はといえばわたしの身から出た錆だから。悪かったね。もう、しつこく誘わないから」

「あのさ」

「ん?」

「入れてくれない?」

「え」

「バンドに」

「・・・本気?」

「うん。本気」

「ヴォーカル、いける?」

「うん。あと、ハープも一応吹ける」

「わかった。じゃ、月曜の夕方に打ち合わせしよう」

「わかった」

「ところで、それいつも飲んでるの?」

「うん。チャイ。まあ、煮出し紅茶ってやつ」

「甘党?」

「そうじゃない」


そういってチャイは母親に隠れるように別のレジに並び、自分の財布を出して購入していた。これも1家族3パックまでの広告の品だった。

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