第31話 ロックしよう!
加瀬ちゃんにもダブル契約というサプライズをプレゼントできた。これで家計的にも楽になってもらえると嬉しい。
「かんぱーい!」
宿泊するビジネスホテルのロビーで、ジンジャーエールの缶を開けた。
「ねえ。これ、ほんとにほんとですよね」
「うん。加瀬ちゃん、事実だよ」
「ああ。まさか、うちらがプロになれるなんて。しかも、地元での生活をベースに活動できるなんて」
「チャイ。言っとくけど、両方のレーベルからすっごく厳しい目で見られることも覚悟してね。結果でないと即契約切られると思うよ」
「ああ。もちろん。肝に銘じてるよ」
「で、ロック。明日は何時からだ?」
「午後1時開演。場所は南都文化ホール」
「イサキたちの出番は?」
「予選通過成績がいい高校はトリに近いはずだから多分遅い時間」
ネマロとわたしのやりとり。
そうなのだ。明日はイサキたちスカジョ吹奏楽部の全国大会決勝ステージだ。
「ロック。イサキにわたしらの契約のこと電話してやれよ」
「うん。もちろん」
チャイに促されてスマホでイサキにコールする。
「あ、イサキ? どう明日の準備は万端?」
「ロックさん。もう、血がたぎってたぎって。早く明日になって欲しいですよ」
「そっか。あのね、わたしら契約できることになったよ」
「ほんとですか⁉︎」
わたしは今日の出来事をイサキに話した。とてもめまぐるしい一日だったってことを。そして、ブレイキング・レモネードのことも。
「え。ブレイキング・レモネードって、根元さんとそんないきさつがあったんですか」
「うん。でももちろんバンドが悪いわけじゃないよ。KPIがえぐい会社だってだけで。自由曲はブレイキング・レモネードの曲でしょ? あの曲はわたしも好きだから、明日は思い切りドラム叩きなよ」
「・・・なんか、気が萎えてきちゃいました」
「ごめんごめん。こんなこと言わなきゃよかったかな」
「いいえ・・・じゃ、明日見に来てくれるの楽しみにしてます」
「じゃあね。おやすみ」
ネマロが訊いて来た。
「ロック。イサキはどんな感じ?」
「うーん。ブレイキング・レモネードにケチつけちゃったみたいになったかなあ」
「ふーん。まあ、曲に罪はないんだからさ」
「まあ、そうだけどね」
翌日。
文化ホールにバンで乗り付け、高校吹奏楽部全国大会を5人で鑑賞した。
さすがに青春を吹奏楽にかけて来ただけのことはあり、どの学校も素晴らしい演奏だった。
ただ、命までかけてるのは最後に登場したスカジョだけだって、はっきりとわかった。
それほどにエンドーやイサキたちは課題曲で圧倒的な演奏を見せつけた。
「こりゃ、課題曲だけでもう優勝でしょ」
「うん。悔しいけどエンドーはやっぱりすごい。尊敬するよ」
次は自由曲だ。
イサキがドラムセットの後ろに座る。
会場は王者の演奏を1音たりとも聴き逃すまいと静寂に包まれる。
イントロが始まった。
「あれ?」
ブレイキング・レモネードよりももっと聴き慣れたフレーズをトランペットが奏でる。
ギターリフのパートをなぞらえるトランペットのメロディーの後にイサキが力強い高速ビートを叩き始めた。
会場もざわつく。明らかにこれがブレイキングレモネードの曲でないということは審査員も、高校生たちもわかっている。
じゃあ、これが誰の曲かってことを知っている人間はこの会場に何人いるだろうか。
「『ある証明』だ」
イサキがスネアを高速で連打するのを合図に、スカジョ吹奏楽部総勢25名が、自分の楽器を最大音で吐き出した。
ズガン!
という感じの迫力ある音圧。そしてイサキのバスドラが会場に、腹に響く。
「セットリスト、無視かよ」
わたしは、ふふっ、と笑い、エンドーとイサキたちの激情を真正面から受け止めた。
圧倒的大迫力。
こんな陳腐な表現しかできないぐらいに凄まじい演奏だった。
ロックバンドとはまた異質のバンドアンサンブル。
ブラスバンドもすごい、と認めざるを得なかった。
『こんなドラム、叩いてみたい』
と、ROCHAIKA-sex のステージで『ある証明』を叩いた時のイサキ自身をはるかに超えていた。
オーディエンスも、初めて聴いたであろうこの曲に夢中になっている。
足でリズムをとる者。手拍子する者。まるでロックバンドのコンサートのように無意識にヘッドバンギングする者。
クライマックスだ。
イサキがスネアを凄まじいスピードで連打し、シンバルを叩く。エンドーはギターソロのようにサックスを吹きまくる。
轟音のような管楽器のびりびりする空気に酔ったまま曲が完結した。
「イエーッ‼︎」
ネマロが立ち上がって叫ぶ。
その勢いに導かれて会場全体が総立ちになり割れんばかりの拍手がスカジョ吹奏楽部に浴びせられた。
「イサキーっ‼︎」
「エンドー!」
「スカジョ、最高ーっ‼︎」
曲目を無視した学校を優勝させるわけにはいかず、大会の成績としてはスカジョは三位。
けれども、表彰式でコールされた時、スカジョは全員こぼれるような笑顔だった。思わずわたしたちROCHAIKA-sexも彼女らに駆け寄る。
「イサキ、おめでとう」
「ロックさん、ありがとうございます」
わたしはエンドーに向き直る。
「エンドー。よかったのかよ、こんなことして」
「ああ。『ある証明』の方が気持ちよかったからな」
「でも、進学に不利になるんじゃないのか?」
「ふっ。この演奏聴いといて、『三位だからね』とか抜かす大学だったらこっちから願い下げだよ」
「エンドー。お前ら全員、ロックしてるよ」
「そっか。ありがとう」
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