第32話 6人でフルメンバー
吹奏楽部の打ち上げが始まる前にエンドーからイサキを借りた。わたし、ネマロ、加瀬ちゃん、チャイ、セナ、イサキの6人でバンに乗り込む。
「どこ行きたい?」
「街を見下ろせる場所」
チャイのリクエストに応えるべく、わたしの乏しい東京情報を総動員して思い出した。
向かったのは、エレファントカシマシの地元である北区赤羽に近い、同じく北区王子にある飛鳥山公園。
「おー。いい眺めだー」
「うん。確かに街が見下ろせるな」
都電の通りに面しており、王子駅の背後からそびえるような飛鳥山にある公園。わたしたちは夕日の柔らかな光の中、京浜東北線の走る様子を見下ろしながら6人で並んで立っていた。背後には母親と戯れる幼い男の子の声。部活帰りの女子中学生たちの談笑する声。すべてがこの風景の中に溶け込んでいく。
「イサキ」
「はい」
「音楽ってすごいな」
わたしはイサキに語りかける。
「スカジョのブラスバンドに、ただただしびれたよ。理屈じゃないよ、あれは」
「わたしも ROCHAIKA-sex のステージに立ってた時、ただただ胸が熱くって。もう、もどかしいぐらいに『叩きたい!』って。理屈じゃないですね」
「加瀬ちゃん、ありがとね」
「え」
「加瀬ちゃんとの出会いがやっぱり始まりだったからね」
「ロック先輩。わたしの方こそありがとうですよ。だってわたし、人生で気分が上向きになる時ってもうないだろうと思ってましたもん」
「加瀬ちゃん・・・」
「ロック、わたしもありがとうだよ」
「え? どうしたどうした。ネマロまで」
「ピアノやめたのってほんとは怖かったんだよね。コンクールとかってずっと評価され続けることが永遠に終わりがないような気がしてさ・・・まあ、中途半端なわたしをよく拾ってくれたもんだよ、ロックは」
「ネマロがしおらしいこと言うなよ。チャイ、セナ」
「うん?」
「2人が仲良くしてくれてて嬉しいよ。最初はツンツンしてたのにさ」
「ていうか、わたしがセナのことよくわかってなかっただけだよ。今はセナのこと、妹みたいな感じに思ってるからさ」
「へえ! どう、セナ? チャイはお姉ちゃんらしいかい?」
「・・・うん。背はわたしより低いけど」
「そりゃ余計だろ」
「チャイさん、わたしのことは妹みたいに思ってくれないんですか?」
「イサキはしっかりし過ぎてるからな。わたしよりも劣ってるところを見せてくれたら妹扱いしてやるよ」
「うーん」
「難しいだろ」
「はい」
自分で言うかよ、ってチャイが笑ってる。
「・・・あの・・・あれやらない?」
「セナ、なんだよ、あれって」
「あの・・・ちょっとエッチなやつ・・・一応、6人ともメンバーだから・・・」
あー、そういえばこの6人とでやったことなかったな。でも。
「周りの人に迷惑じゃないかな」
わたしがそう言うとチャイが即答する。
「いい、いい。やろう」
よーし、と円陣を組んだ。
「じゃあ、いくよ」
「ロック、もったいぶるなよ」
「ROCHAIKA〜」
「sex ‼︎」
全員、大声で笑った。
「やっぱりエロい‼︎」
「フルメンバーで、エロい‼︎」
「エロエロ言うなよ。バンド名変えるぞ?」
「ごめんごめん。ロック、このバンド名最高。ついでにうちらも最高」
「自画自賛かい」
都会の街にも地平線があるのだとしたら、夕日がそこに沈みかかろうとしていた。入れ替わりに月の光を背中に感じ始めた。
わたしはこのシーンにぴったりの曲ってなんだろうな、って一生懸命考えている。
おしまい
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