あなたの道を走れ、廃車寸前のバンで
naka-motoo
第1話 結成前夜
「よっし、取った‼︎」
18歳と1週間。わたしは最短で車の免許を取った。4月頭生まれのわたしはそのメリットを最大限に活かす。そして、自動車教習所と並行してやっていた青果市場で稼いだバイト代で中古のバンを買った。
女子高生の乗る車じゃないとかなんとか言われたけれども、そんなことわたしには何の関係もない。納車、というか引き取りに行った叔父の自動車整備工場で初心者マークをつけ、早速試運転だ。
「
「ううん。通学に使わなきゃ違反じゃない。ていうか、国の法律で運転できるものを乗らせないことの方が、問題でしょ、叔父さん」
ハイブリッドなんか無理だった。このガソリン車のバンにしたって、値切って値切ってこの価格だ。いくらバイトで稼いだからといって、好き勝手な浪費をしていい訳ない。臑齧りの高校生の分際だから。
わたしはドアウインドウを下ろし、叔父に手を振る。
「よーし、このまま街を流しながらスカウトだ」
お。早速うちの高校の制服見つけた。
ハザードランプを点滅させ、2人並んで歩いている女子生徒に近づいた。
「ねー、彼女ー」
びくっ、と反応する二人。
「は、はい。何ですか?」
「バンド、やらない?」
「え?」
「バンド、バンド」
「や、やりません・・・」
「そっか、ごめん、ありがとねー」
その後も片端から声をかける。
「ねー君ー、バンドやらない?」
「あ、すみません、できません」
「そっかー、ごめんねー」
なんでわたしがわざわざ校外でうちの生徒に声を掛けるのか。
学内だと邪魔されるからだ。
誰に?
「あ、やばっ」
「こらー、カエノー‼︎」
噂をすれば影。頭に彼を思い浮かべただけでこの有様だ。こっちのバンに負けず劣らずボロボロの軽四を疾駆してドアウインドウからでも公道に響き渡るでかい声を上げてこっちに向かってくる。
「さ、進路変更、っと」
わたしは後続車に注意を払いつつきびっとブレーキを踏んで細い路地を左折した。
「こらあっ‼︎」
向こうは右折して先回りするつもりらしいけど、一応森っシーの身を案じてこっちもでかい声で伝えてあげた。
「
くそおっ、という唇の動きが読めた。
「えーと、どこに停めようかなー」
車で学校の敷地内に乗り付けると校則違反になる。かといって違法駐車もできない。
「ああ、『よしや』なら文句は言われないだろ」
遠くのコンビニより近くのよしや、というぐらいにわたしの通う『
よしやの前の交差点に差し掛かると、ものすごいスピードで走り込んできたクロスバイクが急ブレーキをかけ、横断歩道で止まった。
「お? スカートでクロスバイクかよー」
顔は学内で見かけたことがある。確か2年生の子のはずだ。
ごく短い髪と浅黒の顔に痩せ細った手足。
何よりも、ペダルを中段ぐらいに構えたまま、足を着かずにバランスで自転車を停止させ、スカートの中身が見えそうなアングルにもお構いなしのその表情がなんとも言えずよかった。
「ふうん。かっこいいな」
わたしは軽くクラクションを鳴らして声をかけた。
「ねえ、バンドやらない?」
「・・・」
信号が青に変わる。
その子は、ふっ、と薄い笑いでわたしの顔を一瞥し、そのまま猛スピードで走り去っていった。
「うーん。欲しいなー」
わたし、
それは、女子だけでコアなギターバンドを作ることだ。それも、甘っちょろいのではなくって、激情をぶちまける音楽を目指したい。理想は高く、ロックでベートーヴェンのような魂の叫びを上げたいのだ。
最初は小学校の時のたわいないいじめがきっかけだった。
「六区はロックだろ」
ロックなど聴いたことのないわたしがある日突然クラスの男子からこんなことを言われた。その頃はわたしはまだ気弱で、まあ、単なる冗談ぐらいに捉えて無視していたんだけれども、数人の男子は執拗だった。ちょうどクイーンの曲がリバイバルで流行っている時だったので、ロックといえばクイーンだろ、という短絡的な根拠づけでフレディ・マーキュリーを引き合いに出した。その内にわたしのあだ名が、『フレディ』になった。
女子の仲のいい子たちは、
「男子はバカだから」
と慰めてくれるし、嫌だけれども放っておいたら、その内に女子の中にもわたしのことをフレディと呼ぶ子が出てきた。
次の段階として、『フレディのくせに』みたいな感じになる。
その段階も超えると、上履きの靴を隠され、次は机の中に給食のシチューが流し込まれていた。
わたしはクイーンが大嫌いだった。クイーンのせいでこんな目にあうと思った。クイーンなんか存在しなければよかったのにと本気で思った。
「カエノ、ちょっと」
そんな時、高校生になっていた姉がわたしに声を掛けてくれた。
「え? クイーンのライブ?」
「うん。今夜BSで放送するから一緒に観よ?」
「・・・やだ」
「まあまあ。騙されたと思って」
土曜の夜、部屋の明かりを消して、キッチンのテレビの前に姉と二人で陣取った。ジンジャーエールのボトルを片手に。
凄かった。
世界が、変わった。
本気でそう思った。
ボヘミアン・ラプソディー。
ウィー・アー・ザ・チャンピオン。
ボーン・トゥー・ラブ・ユー。
レディオ・ガ・ガ。
圧倒的に美しく、華麗。
フレディ・マーキュリーは美しかった。
ブライアン・メイも。
彼らは本当の芸術家だと思った。
「お姉ちゃん、わたし、どうして今までクイーンを知らなかったんだろ」
「よかったね、今日知ることができて」
同時に、クラスの男子への怒りがふつふつと湧いてきた。
わたしをいたぶることへの怒りではない。
あいつらは、フレディをバカにしてる。
クイーンをバカにしている。
何にも知らないくせに、真に価値あるものを貶める行為は、この世で一番卑怯な振る舞いだ。
わたしは、覚悟を決めた。
「よう、フレディ‼︎」
月曜の朝、登校と同時に男子からいきなり後頭部をはたかれた。
わたしは、ぐっと歯をくいしばる。
こいつごときはいい。実行犯など、下っ端に過ぎない。
わたしはクラス内の暴力をコントロールする、北部という男子の前にツカツカと歩いて行った。
「あ? なんだよ、フレディ」
北部が言うか言わないかのうちに、彼の鼻を右拳で殴った。
「え?」
という表情をしている。
北部が次の言動を取るワンテンポ前にさらにもう一発右拳で鼻を殴った。
鼻血が流れた。
わたしは間髪置かずに怒鳴り声で畳み掛ける。
「わたしは、男女差別に対して断固戦うよ‼︎」
一瞬、クラス中が、きょとん、とした空気になる。ここで怯んではダメだ。わたしは駄目押しする。
「わたしは、北部のような、女子を差別する振る舞いを絶対に許さない。暴力を振るわれても、決して屈しない‼︎」
なんだかわからないうちに、女子の仲がよかった子達が援護射撃をしてくれた。
「そ、そうよ‼︎ このクラスの男子は女子を差別してるよ。男女差別は絶対にダメだよ‼︎」
男子の一部も同調し始め、ああ、最近の北部はひどかったよな、とか今になって好き勝手なことを言ってる。
とにかく、わたしは問題を完全にすり替えることに成功した。単なるわたしへのいじめを、男女差別という次元にすり替えた。こうなればおいそれと手出しはできないはずだ。しかもわたしは自分が北部に対して一方的に暴力を振るったことを棚に上げて、彼の反撃を最初から塞いでしまった。
とにもかくにも、この日からわたしはロックで生きていくことを決めた。
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