第7話 人生が始まった日
「ただいまー」
がらがらと玄関の引き戸を開けて声をかけた。
「おかえり、カエノ」
「あ、お姉ちゃん、帰ってたんだ?」
「うん。今日はノー残業デーだから」
わたしにクイーンを教えてくれた姉は高校卒業後地元のプラスチック成形をやっている中小企業に就職した。工業高校出身でCADも使えたので金型の設計を担当している。ここ毎日残業続きだったが、今日は久しぶりに夕飯を一緒に取れる。
「じゃ、お姉ちゃん、合流するね。今日何?」
「枝豆、南蛮漬け、カボチャの甘煮」
「おー、さすがお姉ちゃん。バランス取れてる。じゃ、わたしカボチャ担当するね」
「うん、お願い。・・・ごめんね、ここずっとカエノに家事任せっきりで」
「いいよ、お姉ちゃんは我が家の稼ぎ頭なんだから。遠慮しないで」
「こら、カエノ。稼ぎ頭は俺だろうが」
「あ、父さんいたんだ。ただいま」
「つれないやつだなあ」
我が家は父、姉、わたしの3人家族。
ばあちゃんは去年亡くなって今年が初盆だ。
母さんはこんな感じの父さんに愛想を尽かして、わたしが中1の時に出て行った。離婚はしておらず、母さんとは時折外で会ってる。
「父さんはいっつも居酒屋寄って酔っ払って帰ってくるんだもん。こんな早い時間にいる方がびっくりするよ」
「今日は
「はいはい。どうせお姉ちゃんの方が料理上手ですよ」
「そんなことないわよ。カエノも腕あげたよ・・・って、カエノ。左のほっぺが青くなってるわよ。どうしたの?」
「ああ・・・ちょっと殴られちゃって」
「え? カエノ、もしかしていじめられてる?」
「ううん、大丈夫。小学校の時みたいのは絶対嫌で、そうならないようにしてきてるから。これはわたしがちょっと無礼なことしたから殴られても仕方ないって感じのことだから」
「ほんとに大丈夫?」
「うん、ほんとほんと。でも、エンドーの奴、アザができるぐらい本気で殴りやがって」
「カエノ。ほんとに何かあったら、私にちゃんと言うのよ」
「うん、分かった。間違ってもお父さんには相談しないから安心して」
「こら、カエノ。そりゃどういう意味だよ?」
順調なことばっかりじゃないけど、これが我が家の団欒。まあ、いい家族だな、って思う。特にお姉ちゃんがわたしのお姉ちゃんで本当に良かったと思ってる。仕事や家族のことで忙しくて恋愛してる暇もなさそうなのがほんとにかわいそう。
そのお姉ちゃんがこんなことを切り出した。
「カエノ。エレファントカシマシが来るでしょ」
「うん。デビュー30周年の全国ツアーで、ついにこの地にやってきてくれるんだよね。信じらんないよ」
「一緒に行こうか?」
「え? でもお姉ちゃん、エレカシ苦手だって言ってなかった?」
「うん。ちょっと激しいバンドかな、って先入観があったから。でも、すごく優しい曲も多いよね」
「うん。宮本はほんと詩人。天才だ、って思うよ」
「もしかして友達と一緒に行くとか?」
「ううん。残念ながらスカジョには同志がいなくてね。エレカシの話もあんまりできないんだ」
「そう。なら、一緒に行こう」
「うん。じゃ、わたしチケット押さえとくね。ああ、でもお姉ちゃんとエレカシのライブに行く日が来るなんて、感無量だなー。お姉ちゃんにクイーンを教えてもらってからわたしの人生が始まったって今でも思ってるから」
「ううん、カエノ。わたしの方こそ、カエノが生まれてきてくれた時からわたしの人生が始まった、って思ってるから」
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