第6話 ライバルは、女子

恨まれることを覚悟してわたしは彼女を待ち伏せた。


誰かって?


吹部のホープ。


「やあ、こんちは」

「はい?・・・こんにちは」


校門の路肩に停めたバンの脇で、部活帰りの意中の子に声をかけた。本人も怪訝そうだけれども、一緒にいる吹奏楽部の子たちはもっと訝しげにわたしを見る。


「わたし、3年の六区ロック伊佐木イサキさんだよね?」

「はい、そうですけど・・・」

「突然でごめんね。ちょっと2人で話がしたいんだけど」

「あ、すみません。今日はこれからみんなで買い物に行くので・・・」

「そっか。ごめんごめん。じゃあ、用件だけ今言うね。あのさ、一緒にロックバンドやらない?」

「え⁈」

「伊佐木さんならドラムができるだろうと思って」


フルネームは伊佐木イサキ ヒナタ。吹奏楽部の一年生だ。スカジョの吹奏楽部はレベルが非常に高く、女子校ながら全国大会の常連。そして彼女は入学式の新入生歓迎演奏の際、新入生のくせにたった1人二・三年生に加わって演奏するぐらいの逸材なのだ。

彼女のパートは、パーカッション。


「すみません。わたしは、吹奏楽に命を賭けてるんです」

「命、ときたか。アツいね。ますます一緒にやりたくなったよ」

「おい、ロック‼︎」


わたしたちが固まっている所に吹奏楽部部長の遠藤が歩いてきた。


「なに、エンドー?」

「うちの宝にちょっかい出すなよ。全国優勝には伊佐木が絶対必要なんだよ」

「へえ。優勝するつもりなんだ」

「ああ、そうだうよ。お前みたいな趣味と違うんだよ」

「バンドは趣味じゃないよ。むしろ、仕事といってもいい」

「仕事? ちょっとライブハウスから声がかかったからって、アマチュアには変わりないだろ」

「一応、対価は得るよ。そっちは?」

「名誉と将来を得る」

「将来?」

「音楽で生きて行くんだよ、うちらは」

「音大とか行って?」

「ああ。全国優勝ともなれば、圧倒的に進学に有利になる。伊佐木がさっき言ったろ? この子の口癖なんだよ、『命賭けてる』は。本気なんだよ、わたしらは」

「もちろん、分かってる。わたしはエンドーのことも尊敬してる。だからこそ、冗談や浮ついた気持ちで伊佐木さんに声をかけたんじゃない。わたしも本気なんだよ」

「なら、余計にダメだ。絶対に伊佐木は渡さない。帰れ」

「嫌だ。引かない」

「じゃあ、しょうがないな」


ごっ、とわたしの頬骨の辺りに衝撃が走った。

エンドーが右拳でわたしの左頬を殴ったのだ。


「こら、何やってるんだ‼︎」


様子を見て駆け寄ってきた若造の男性教師にわたしは落ち着いた声で言う。


「何でもありません」


男性教師を含めた周囲を無視してわたしとエンドーは睨み合う。


わたしは、エンドーに一目置いてるし、彼女が好きだ。

小学生の時に女子の後頭部を手の平で叩くようなクソみたいな男子よりも、拳で真正面の右ストレートを打ち込んできた彼女の方がよほど潔く、男より男らしくさえある。だからこそ、わたしも引けない。


「エンドー。わたしは諦めないから」

「・・・行くよ」


彼女は部員を引き連れて駅の方へと歩いて行った。

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