第23話 禁断症状

根元さんから激しく叱責された。


「どうすんの⁈ せっかく固定客もついてきたのに。単純に客数が減るだけじゃないのよ。出演バンドのマネジメントがいい加減なライブハウスだっていうネガティブイメージがついちゃうのよ⁈」

「すみません。とにかくわたしがヴォーカル・ギターの即席スリーピースバンドとして出演します。全力を尽くしますのでどうか少し時間をください」


根元さんのあまりの剣幕とわたしの平謝りに加瀬ちゃんとセナはおののいてすらいたけれども、わたしはごく当然の話だと納得して対応した。

実はブレイキング・レモネードのデビューも根元さんはバンドに裏切られた形だったのだ。無名の大学生サークルバンドだった彼らの楽器調達・スタジオ貸与・フェス参加のプロモーションまで根元さんは資金面でも実務面でも全面的に支援した。ようやく彼らがそれなりの集客ができるようになり、個人事業主としては莫大な投資の回収を図ろうとした途端、ブレイキング・レモネードはメジャーレーベルと契約してしまったのだ。

根元さんがライブハウスの出演継続に関してバンドと口頭契約を交わしていたと主張すると、相手レーベルは逆に弁護士を立てて訴訟を起こしてきた。訴訟に費やす時間も費用もエネルギーもない弱い立場の根元さんは泣く泣く訴訟費用を負担することで訴えを取り下げてもらった。


『あのブレイキング・レモネードが出演していたライブハウス』なんていう謳い文句で来てくれるおめでたい客など1人もいない。むしろ、バンドとトラブったライブハウスということで、ブレイキング・レモネードのファンからネットに散々な書き込みをされている。


これが世の中だ。


スリーピースで急場はなんとかしのいだ。ネマロも心配してライブに出演する頻度を増やしてくれた。けれどもわたしはしみじみ実感した。


技術は前提。

エモーションも前提。

でも、その上で、4人でしか出せない音がある。

他の誰でもない、チャイでしか歌えない歌がある。

チャイでしか観せられない演奏がある。

チャイの歌う姿を見て


『あ、いいな』


って感じるお客さん。


チャイが真ん中で歌い、その後ろでセナが超絶技巧のドラミングをし、左では加瀬ちゃんがシックで絵になるベーシストを演じ、右でわたしが轟音ギターをかき鳴らす。時折星型サングラスのネマロがノリノリのキーボードを弾きまくる。


そんな、ROCHAIKA-sex


もうだめだ。

わたし自身がチャイがいないことの禁断症状に耐えられなくなる。


チャイの舞台に突撃することを決めた。

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