第3話 スカジョは就職組で、バンドは立派な職業だ

「軽音楽部は作りません」


うむ、うむ、と森っシーは満足そうに頷いた。わたしはその彼に向かって絶望的な宣言をする。


「代わりにバイト部を作ります」


ぽかん、とする彼。


「何だそれは」

「はい。生徒にアルバイト先を紹介する部です」


森っシーは、はあっ、とため息をつく。


「お前なあ。そんな部活認められる訳ないだろ」

「どうしてですか?」

「どうしても何も、そんな斡旋屋みたいな部活」

「え⁈」

「な、なんだよ」

「先生は職業を差別するんですか」

「何?」

「いわばハローワークと同じ職業紹介業務ですよ。ハローワークを斡旋屋呼ばわりするんですか」

「あ、ああ、そうか。すまん、そんなつもりは・・・って、部活は商売じゃないだろうが‼︎」

「もちろん。ただ、バイト部は生徒同士が情報を交換し合って健全なアルバイトを先を探し、社会勉強と今後の就職活動先の幅を広げるための部です。だって、うちってバイトは認められてるじゃないですか」

「申請して許可とれればな」

「なら、なおさらですよ。部活として紹介するのであれば学校も内容が把握できて安心でしょう。知らない間にきわどいバイトをこっそりされるよりは」

「何を企んでるんだ」

「そんな。企むなんて滅相もない」


わたしの部申請は5人の幽霊部員を募って認可された。2年生の終盤に作ったバイト部を使って、わたしはわたし自身のバイトをまず決めた。


「市の青果市場で早朝のバイトをします」


森っシーは素直にうんとは言わない。


「紹介する側が自分のバイトか」

「当然でしょう。部長自ら率先して動かないと」

「他の部員の姿をとんと見ないな」

「みんな学外を飛び回ってうちの生徒を受け入れてくれるバイト先を探してますよ。営業マンが席をあっためてるようじゃ、数字なんか伸びないでしょう?」

「ほんとに、学生起業家のつもりかよ・・・分かった。市場ならまあ健全だわな。でもなんでまた」

「まあ、手っ取り早くお金になるんで」

「何⁈」

「いえいえ。『額に汗して働く』ことの意味を身を以て示したいんですよ」

「うまいこと言いやがって」


正直、青果市場でのバイトはきつかったけれども、労働による充足感と実利の伴ったバイト先だった、と結論づけられる。なにせ、わずか二ヶ月で自動車学校の学費と中古のバンを買う資金を稼ぎ出せたのだから。ついでに言うと、こういう真面目で真の意味で社会のためになっている職種こそが評価されきちんとした報酬が得られる世の中にならないといけなんじゃないか、と強く感じる。


バイト代を元に免許を取り、バンの購入も契約した。納車の前日、わたしは森っシーと、就職指導担当の塚田先生の2人にアポを取って職員室のパーテーションにある打ち合わせ室で話をした。


「塚田先生、森末先生。実は隣の県のライブハウスからバイトできるうちの生徒を4、5人紹介して欲しいと依頼がありました」

「ライブハウス?」

「はい、森末先生」

「ライブハウスなんてタバコ吸ったり酒飲んだりする輩の溜まり場だろうが。そんな所、出入り禁止だ‼︎」

「塚田先生、どう思われます?」


わたしは森っシーを無視して塚ちゃん(塚田先生)に話す。


「未成年は当然ダメですけど、成人した客はタバコもお酒もOKですよね? わたしの父も仕事帰りに居酒屋でお酒飲んでタバコ吸ってますけど、それとどう違うんでしょうか?」

「森末先生、六区ロックさんの言うことはちゃんと筋道が通ってますよ。ライブハウスはきちんとした職場ですよ」

「は、はい。すみません」


塚ちゃんは古参の男性教師だ。普段は温厚だけれども、筋の通らないことがあれば校長や教頭にも怒鳴りつけるような激しい一面もある。森っシーも一目置く塚ちゃんをわたしはうまく巻き込んだのだ。


「ありがとうございます。それで、ありがたいことに、ライブハウスのオーナーが、もし見込みのある生徒がいれば卒業時にはそのまま正式採用してもいい、って言ってくれてるんです」

「なるほど。となると我が校の就職率アップにも貢献する先が増えるということですね」

「さすがです、塚田先生」

六区ロック、隣の県なんてどうやって通うんだ。県内じゃダメなのか」

「森末先生。以前、先生がライブハウスへの出入りを禁止した加瀬かせさんていたでしょう」

「ん、ああ」

「その時のライブハウスなんですよ」

「え・・・そうなのか?」

「はい。はっきり言ってかなり打撃を受けたようです。加瀬さんのいたバンドはそこの集客力No.2だったそうですから。実際、オーナーはその時の穴埋めをしろ、と言ってきているようなものなんですよ」

「ちょっと待て。仕事内容はその店のスタッフじゃないのか?」

「もちろん、スタッフとしての仕事もします。ですけれども、オーナーから条件が」

「な、なんだよ、条件って・・・」

「バンド単位で人をよこせ、っていう条件です」

「だから、なんなんだよそれは」

「出演、しろと」

「お前、そりゃ軽音部だろうが」

「いえ、バイト部です」

六区ロック、お前は・・・」

「まあまあ、森末先生。そのお陰で就職活動のネットワークが広がるのなら立派な仕事ですよ」

「ですが・・・」

「森末先生。ロックバンドだって、きちんとした仕事でしょうが。それともそんなものは職業として認めないとでも?」

「いえ・・・わかりました。許可する方向で次の職員会議にかけましょう」

六区ロックさん。隣の県までどうやって通うんですか?」

「車です」

「はあ? 何言ってんだ?」

「免許も取って中古のバンが明日納車です。県境を少し超えたところのアウトレットの近くなので、遠くもありません。わたしがバイト人員を乗せて通います」

「絶対ダメだ‼︎ 事故でも起こしたらどうするんだ?」

「はい? わたしの方こそ意味がわかりませんよ。大体、危ないから車では出張しません、なんて社会じゃ通用しないでしょ? 来年就職したら嫌でもみんな車を運転しなといけないんですから」

「う、く・・・」

「ということで、明日からバイト人員をスカウトに回りますんで、ご協力お願いします」

「俺は絶対許さんぞ‼︎」


これが昨日までの顛末だ。

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