第九章(3) 勇者と勇者パーティ
同日 午後三時二十三分分(日本標準時)
日本 東京都八王子市高尾町
「いつつ……エイミーのやつ、思い切り殴りやがって……」
エイミーの超魔力パンチを受けぼろぼろになった勇者は、不時着した森の中で赤く腫れ上がった頬を擦っていた。
「それにしても、さっきのクイズの正解は一体なんだったんだ……? ……まあどの道あの様子じゃ仲間にはなってくれなさそうだったな……。はぁ……エイミーを仲間にするのは諦めるしかないか」
ほぼ自業自得だったが、勇者はそんなことにも気づかず、気を取り直して次の目標へと頭を切り替える。
「残りは武道家だけか……。でも、多分あいつは大丈夫だろ。あいつだけでも仲間にしとかないとな」
そう言って勇者は尻のポケットからスマートフォンを取り出す。
「えっと……例のあのアプリはどこだっけ? ……お、ここだここだ。スイッチオンっと」
勇者がとあるアプリを起動すると、スマートフォンの画面にこの辺りの地図が表示される。
そしてその地図の左側――ここから少し離れた地点に赤い光点が光っていた。
このアプリは『武道家レーダー』と呼ばれるもので、そのまんま武道家の位置を指し示す特殊なアプリだ。
「武道家は……あっちか!」
勇者は矢印の指し示す方向へと飛び立った。
武道家を指し示す光点が近くなると、勇者は地上へと降り立つ。
降り立った場所は商店街だった。
勇者は光点の示す方へと歩いて近付いていく。するとどんどんと人気がなくなっていくのであった。
裏路地をゆっくりと進んでいくと、そこには多数の不良たちがたむろしているではないか。
「な、なんでこんな物騒なところに武道家が……?」
訝しげに睨みつけてくる不良たちの間を、勇者はおっかなびっくりな足取りで通り抜けて行く。
「あ、ども、ども~。あはは……みなさんお元気ー? なんちって」
精一杯愛想を振りまく勇者。
彼は世界最強の力を持っている『勇者』のはずなのだが、引きこもりである彼は不良やヤンキーといった人種に弱かった。
(な、なんでこの人たち、普通に歩いているだけのぼくをこんなに睨んでくるの……?)
気付けば勇者はいつの間にかヤンキーたちに囲まれていた。
「おい、てめえ……ここをどこだと思ってんだ? ア?」
いきなり話しかけてきた金髪ピアスのヤンキーに、勇者はびくりとしながら答える。
「え? ふ、普通に日本ですよね?」
「おいてめえ! なめてんのか、あーん!?」
「ええー? 俺はそんなつもり全然ないのに……」
勇者はほとほと参っていた。いくらなんでも好戦的すぎるでしょこの人たち。そう思った。
「おい、こいつ完全に俺たちのことなめくさってやがるぜ?」
「だな。ちょっと痛い目みてもらおうかな、お坊ちゃんよう」
勇者は驚いた。
「ええっ? お、俺、何も悪いことやってないのに、何故?」
だからヤンキーは嫌なんだよ! 勇者は内心でそう思ったが口には出せないヘタレだった。
勇者が不良たちに囲まれ、今まさにケンカが勃発しようとしていた時である――
「お待ちなさい」
静かな声がその場を貫く。
声がした方を見ると、奥の廃ビルの入口から一人の少女が出てきた。
『ヘッド!』
不良たちは一斉に彼女に向かって畏まる。
一昔前の『特攻服』に身を包んだ少女がそこにはいた。サイズが合わないのかぶかぶかで着させられている感が否めない。
ヘッドと呼ばれたその小柄で色白の少女は、まるで色素がないような白いツインテールの髪を風に靡かせながら歩いてくる。その姿を見た勇者は呆気に取られていた。
「……ぶ、武道家?」
それはまさしく武道家だった。そのはずだった。
(え? でもなんで不良になってんの? しかもヘッドとか呼ばれていたような……?)
勇者の頭は軽く混乱していた。
「あなたたち、その人に手を出すことはやめておきなさい」
「し、しかしヘッド!」
「その人はあなたたちが束になっても敵う相手ではありません」
少女がそう言うと、不良たちは目を見開いて勇者のことを見つめる。
「え、嘘ですよね? こんなくすんだ青色のジャージを着た冴えない奴が?」
「こんなオタク感はんぱねえ奴が?」
「だよな?」
これには勇者も黙っていられなかった。
「うるせえ! 俺はオタクじゃなくて引きこもりだよ!」
「ああん!? どっちも同じだろうがよ!」
「いいや、同じじゃないね! 引きこもりをなめんなよ!」
なんだかわけのわからない言い合いが始まったところで、少女は再び口を開く。
「わたしはやめなさいと言いました。それにその人はわたしの知り合いです」
「ヘッドの!? これは失礼しました!」
「統率感ハンパねえな……」
少女の知り合いだと分かるや否や態度を一変させた不良たちに、茫然とした視線を送る勇者だった。
少女は勇者をまっすぐに見つめると、
「ではマスター。わたしに付いて来てください」
「あ、ああ」
少女に促されるまま彼女の後についていく勇者。
彼女の背中には『喧嘩上等!』の文字がでかでかと書かれていたという。
廃ビルの中の大きな部屋に入ると、白いツインテールの少女はくるりと振り返って頭を垂れてくる。
「マスター。ご無沙汰しております」
「あ、ああ。久しぶりだね、武道家」
部屋の壁には至る所にスプレーでスラングが殴り書きされており勇者は落ち着かなかった。
「ところで武道家。一つ確認したいことがあるんだけど、いいかな?」
「はい。なんでしょうマスター」
「キミさ……確かロボットだったよね?」
少女は頷いた。
「はい、いかにもその通りです。天才科学者ドクター・リカルドによって造られた格闘戦用ロボ。それがわたしです」
「……で、キミはここで一体何をしているのかな?」
「路地裏に集まる不良たちを集めてヘッドをしております」
「………なぜ?」
「ありていに言えば、私は今くすんだ青色ています」
「グ、くすんだ青色てる? ロボットのキミが?」
「はい。ちなみにあなたのせいです」
「な、なんで?」
勇者は混乱が極まっていた。
彼女は確かにロボットだった。彼女は天才科学者ドクター・リカルドの手によって生み出された科学と魔法の融合生命体だった。唯一であり、かつ奇跡の一体なのだ。正式名称、対魔王用最終決戦兵器BUDOU‐KA02A。通称『武道家』。職業武道家。それがこの武道家なのである。
(それがこんなところで不良たちのヘッドをやっているだって? 最終決戦兵器のロボットが? しかも不良たちの中で一人だけしれっと特攻服を着こんでるし。何やってるのこの子?)
それが勇者の率直な感想だった。
特攻服に身を包んだ武道家は淡々と説明してくる。
「わたしはあなたを主人とするようにドクター・リカルドによってプログラミングされました。しかし、そのあなたが引きこもりを自称して家から出て来ません。わたしはどうしたらよいのかわからなかったのです。だから分かりやすくくすんだ青色てみました」
「うん、なるほどね。キミさ、バグってるんじゃないの?」
「失礼な。ロケットパンチしますよ?」
「ごめん。許して」
「ピポ。了解、許します」
たまにロボ感を出してくる少女。それが武道家だった。
それとこのロボ――武道家は呂律こそ人間のそれと変わらないものの、表情の変化はほとんどなく淡々と物を言う。しかし感情がないのかといえばそうでもなく、怒っている時などは実力行使で訴えて来るので注意が必要なのだった。
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