第五章(1) 勇者と魔法使い

               十月六日 金曜日 午後八時五十分(日本標準時)

  日本 東京都八王子市高尾山西部 和モダン三階建一軒家〈二階・勇者の部屋〉


 警察の事情聴取からようやく解放された勇者は、自分の部屋のベッドへと体を横たえた。

 その事情聴取とはもちろん魔王がコンビニを破壊した件である。


「はぁ~……まったく勘弁してくれよな。まさかお遣いに行かせてコンビニを破壊するなんて誰が思うよ……」


 ちなみに魔王は勇者の母親から夜食を持たされて自分の城へと帰っていった。帰る時もその顔は涙で濡れていたという。


「魔王に言わせると、一度も買い物をしたことがなかったから、パニックになってああいう結果になったとのことだったけど、どう考えても普通あんな結果にはならねえだろ……。どこをどうしたらコンビニの破壊に繋がるんだよ。まったく、あのアホ魔王は……」


 しかも結局爆発オチだし……と、勇者はもう一度溜め息を吐くしかなかった。

 その時、部屋のドアがノックされる。

(誰だ? 母さんのノックの仕方じゃないな。魔王が忘れ物でもしたのか?)

 しかし、勇者が気配を探る前に聞こえてきたのは別の声だった。


「……勇者。あたしよ。エイミーよ」


(エイミー?)

 勇者は驚いた。勇者パーティの魔法使いであり、また勇者の幼馴染みでもあるハーフエルフの少女――エイミー・フィーだが、以前は引きこもりの勇者を学校に連れ戻そうとして毎日のように家まで来ていた。しかしここ最近はめっきり来なくなっていたので、てっきりもう諦められたと思っていたのだが……。


「ねえ、勇者。いるんでしょう?」


 居留守を使おうとも思ったが、ヘタに居留守を使って魔王の時のように魔法でドアを吹き飛ばされでもしたら嫌なので、仕方なく答えることにする。


「……エイミー。今さらお前が何の用だよ? また俺を学校に連れ戻すために来たのか?」


 しかしエイミーの答えは予想とは違った。


「いいえ違うわ。今日はね、お祝いに来たの」


(は? お祝い?)

 ますます戸惑う勇者。

(今日なんか特別な日だったっけ? 誕生日はまだ先だけど……)


「とにかく……ここを開けてくれる?」

「あ、ああ」


 仕方なく勇者はドアを開けることにした。

 ドアを開けると、そこには何故か今にも死にそうな感じのエイミーが花束を持って立っているではないか。

 勇者は唖然とした表情で訊く。


「ど、どうしたの?」


 勇者は本当に呆気に取られていた。それはそうだ。今のエイミーの姿は異常だった。髪は真っ白だし、全体的に三十歳くらい老けた印象がある。

 そんなエイミーは力なく笑うと、

「……別になんでもないの。別に失恋とかしてないから……」

「は? 失恋?」

「……ううん、こっちの話。あたしの長年のアプローチにも気付かない鈍感な男が、出会ったばかりの魔族の女に靡いちゃって大ショックを受けているとか、全然そんなんじゃないから……」

「は、はあ」


 勇者は首を傾げるしかなかった。エイミーはたまにわけのわからないことを言うことがあるのだ。


「そ、それで? お祝いって何?」


 エイミーは手に持っていた花束を勇者の方へと差し出してくる。


「勇者と魔王がおめでただって聞いて、いても立ってもいられなくなってお祝いに駆け付けた次第です……」

「?? は? おめでた?」


 ますます首を傾げるしかなかった。


「おめでたって、なんのこと?」

「……ふふふ……別に隠す必要なんてないのよ? もう知ってるんだから……。魔王と一つのベッドで寝て、種付けしちゃったんでしょう? きっと元気なお子さんが産まれるに違いないわ……」


 やはり意味の解らないことを言うエイミーに勇者は焦った。


「待て。お前がさっきから何を言っているのかまるでわからん」


 話がかみ合わない二人はしばし無言で見つめ合う。ややあって、エイミーがまた口を開く。


「一昨日、勇者と魔王は同じベッドで寝たのよね……?」

「はあ? 俺と魔王が? 冗談だろ」

「え? でも魔王が……」

「一昨日、俺は母さんにぼこぼこにされて丸一日気絶していたからな。魔王も気付いたらいなかったし」


 実際その通りだった。魔王のスカートを捲ろうとした罰を受けて母親から容赦なくぼこぼこにされて、勇者は夜になるまで気絶していたのだ。確かに魔王の横に転がされていたのだが、気絶していたので間違いなんて起きようはずがなかった。

 その辺のことを詳細に説明すると、エイミーの顔色が見る見るうちによくなっていく。


「え? じゃ、じゃあ」

「お前が何を勘違いしているのか知らんが、俺は無実だ」

「ほ、ほんとに?」

「当たり前だろ」


 まだ少し疑っていたエイミーだったが、幼馴染みの確信に満ちた声を聞いた瞬間、彼女の顔色も真っ白だった髪の色も全て元に戻ったのだった。


「な、なーんだ! おかしいと思ったのよねー! 二人とも鈍感な上にソッチ方向についてはてんでお子様だし、そんなこと起きるわけがないわよねー! あはは!」

「納得してくれたならよかったけど、なんだかすごいバカにされている気がするぞ……」

「でも、あんたも悪いのよ?」

「は? なんでだよ」

「だ、だってあたしのことはいっつも素っ気なく追い払っていたくせに、魔王のことはあっさりと部屋の中にいれたりするんだもん……」


 上目づかいで可愛くふてくされているエイミーの意図などにはまったく気付かず、勇者はため息を吐く。


「別に俺が魔王を部屋に招いたことはねえよ。あいつ、勝手に入ってくるんだよ……」

「え? そ、そうなの?」

「そうだよ。ドアを吹き飛ばしたり部屋を吹き飛ばしたり、挙句にコンビニまで吹き飛ばすんだぜ? いい迷惑だよ」


 それを聞いて、さらにエイミーの機嫌が良くなっていた。


「な、なによなによ~。そうならそうと早くそう言いなさいよ~。なーんだ、魔王はあんたが招き入れたんじゃなくて、勝手に入って来てたのね。なんだなんだ~。そっかそっか~」

「おかげでパソコンに入っていたデータも全部吹き飛んだんだぞ」

「よかった~」

「全然よくねえよ!?」


 話が微妙にかみ合っていない二人であったが、二人の間ではよくあることだった


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