第六章(1) 魔王と勇者
十月二十日 金曜日 午後四時三十七分(日本標準時)
日本 千葉県鴨川市 清澄山上空
雲一つない、ややオレンジ色に染まった空。
清澄山はまさにハイキング日和といった感じで、森の木々たちも気持ちよさそうに風に靡いている。
そんな爽やかな空気をぶち壊すように、清澄山上空に今、風を切り裂いて突き進む影があった。
「い、いかん……すっかり遅くなってしまったぞ」
魔王だ。彼女はセーラー服にリュックだけ担いだ状態で、東京方面に向かって猛烈なスピードで飛んでいた。
実は今日、勇者と格闘ゲームをする約束になっているのである。そう、先日ケンカにまでなりかけたあの格闘ゲームである。
練習を積み重ねた結果、魔王の実力が大分ついたので、今日ようやく対戦しようという話になったのだ。
約束の時間は今日、魔王が学校を終えてからという曖昧なものだ。しかし魔王は勇者から借りているゲーム機を一度、北太平洋の真ん中にある自分の城まで取りに帰る時間までは計算していなかった。
もちろん学級委員長としてゲーム機を学校に持っていくことなど出来ず、一旦取りに帰るしかなかったのだが、恐らく勇者は学校が終わったらすぐに魔王が自分の家に来ると思っていたことだろう。
学校が終わった時間は三時。いつもなら遅くてもその二十分後あたりには勇者の家に着いているのだが、とっくにその時間は過ぎ去っている。
「勇者のやつ、引きこもりのくせにやたらと時間にうるさいからな……。たぶん怒ってるだろうなあ……」
時間にうるさいとても厄介な引きこもり。それが勇者だった。
「仕方ない、そろそろラストスパートでスピードを上げるか」
そう思って羽に力を入れた時――
「ハロー、魔王さま」
気付くと、魔王のすぐ上に炎の衣を纏った女性の笑い顔があった。
「……なっ?」
「落ちなさい」
炎の女性は思い切り魔王を蹴り飛ばした。
魔王は防御が間に合わず、まともに蹴りを受けてしまった。魔王の体はぐんぐんと落下していく。
しかしぎりぎりのところで体勢を立て直すと、辛うじて山の地面との激突を避けることが叶う。
魔王がキッと上空を睨みつけると、炎の魔女――エフリートがゆっくりと降りてくる。
「あら? さすが魔王様といったところかしら。全力で蹴り飛ばしたのだけれど」
「……!」
いきなり――それも自分の直属の配下に蹴り飛ばされたという現実が受け入れられず、魔王は硬直していた。
「あれ? もしかして混乱しておられますか、魔王様?」
魔王は辛うじて口を開いて訊き返す。
「……どうして我が軍の四天王の一人であるおぬしがこんなところにいる……?」
エフリートはニヤリと笑った。
「もう薄々気づいているんでしょう? こういうことですよ」
エフリートがぱちんと指を鳴らすと、辺りの木々の影から一斉に魔物が姿を現した。
「!?」
顔を強張らせる魔王。その姿を見て満足そうに顔を歪めるエフリートは残酷にもこう言い放つのである。
「魔王様。あなたにはここで死んでもらいますわ」
同日 午後四時四十分(日本標準時)
日本 東京都八王子市高尾山西部 和モダン三階建一軒家〈二階・勇者の部屋〉
「遅い!!」
勇者は叫んだ。そしてまた時計を見る。
「今日は対戦するって約束だったじゃねえか! いつもは来なくてもいいのに来るくせに、なんで約束の日に限ってこんなに遅いんだよ!」
勇者はイライラと組んだ腕に指をとんとんしていた。
「時間も守れないなんて、あいつ国のトップとして失格だぞ!」
とにかく予定が狂うことが許せない厄介な引きこもり。それが勇者だった。
「くそ! あいつ今どの辺にいるんだ!?」
勇者は目を閉じると精神を集中し始める。そして、魔王がどこにいるのかを探る。勇者は精神を集中することによって相手がどこにいるのかを探し当てることが出来るのである。
「……! 見つけた! 千葉県の房総半島辺りか。……こっちに向かっている気配はないな……。あいつ、あんなところで何やってんだ?」
勇者は窓を開けると、そこから身を躍らせた。
「外に出るのは嫌だし面倒だけど、もう待ってられねえ。迎えに行って直接引っ張ってきてやる!」
地面に着地した勇者はその瞬間、目にも見えないスピードで走り始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます