第六章(4) 魔王と勇者
そう言ってボリスが森に潜む狙撃兵に対して密かに合図を出す。すると先程魔王を襲った特殊弾による狙撃が、勇者の額に襲い掛かった。
しかし勇者は剣を鞘から抜くと一閃! 弾を真っ二つに割って見せる。
『!?』
死角からの狙撃弾を弾くわけでも避けるわけでもなく、真っ二つに斬って見せた。
有り得ない光景に魔物と軍人たちは全員が驚愕の表情をしている。強い者ほど今の光景だけで勇者の実力が想像のはるか上を行っていることが分かってしまった。
「そ、そんなバカな……!? 魔王の額でさえ割れた特殊弾が……」
茫然とするボリス。しかしボリスのそのセリフはまさに失言だった。
「……魔王の額が割れた、だと?」
勇者は訝しげに後ろを振り向く。そしてようやく魔王の額から青い血が流れ出ていることに気付いたのだった。
勇者の目が細まる。
「……お前、怪我しているのか?」
「え? あ、ああ。だがこれくらいどうということはないが……」
「……でも、怪我させられたんだな?」
「え? う、うん」
「そうか」
勇者はゆっくりと正面に向き直る。その顔付きは先程までのものとは全く違っていた。
『ひっ!?』
勇者から流れ出ている覇気に、魔物たちも特殊部隊の兵士たちも怯えていた。
「ゲームをする時間を奪っただけならまだ許してやろうとも思っていたんだけどな……。魔王に――俺のダチに怪我をさせたとあっちゃ許すわけにはいかねえわ」
勇者の体から出る覇気はどんどんと大きくなっていく。
「う、うそでしょ……? 戦わなくてもわかる。勇者は、こ、これほどの化け物だったの……?」
エフリートの体が震えている。魔王四天王の一人である彼女ですら戦う前から戦意を喪失していた。
一方の魔王も、
「……ゆ、勇者? もしかして怒っているのか?」
勇者は何も答えなかったが、確かに彼は怒っていた。静かに怒っていた。
魔王も今まで何度も怒られたことがあったが、どう見てもこれまでのものとはレベルが違う。
それに、
「……勇者。今、我のことを『友達』と、そう言ってくれたのか?」
そう訊ねてくる魔王に、しかしやはり勇者は何も答えない。
代わりに勇者は剣を横に思い切り一閃させた。
すると凄まじい衝撃波が発生し、勇者よりも前面に展開している魔物や軍人などを辺りの木々ごと巻き込んで、全部吹き飛ばしてしまったのである。
「……!?」
今の攻撃を辛うじてかわしたエフリートは辺りの景色の変わりように目を剥いた。木々は全部倒れ、木と木の間に魔物や軍人たちが挟まっているではないか。
魔物は全部で千体。特殊部隊の軍人は百人展開していたのだが、今の一撃だけでその三分の一は持っていかれたように見える。
「安心しろ。峰打ちだ」
「峰打ちィ!? 今のがぁっ!?」
ていうかそもそもその剣は両刃だから峰なんてないじゃん! なんていうツッコみすら出来ないほどにエフリートは取り乱していた。とっくに腰も抜かしている。ちなみにボリス大佐とその部下ドミトリーは今の一撃に巻き込まれてどこかに飛んで行ってしまった。
勇者が一歩前に踏み出すと、それだけでエフリートはびくりと体を揺らす。もはや彼女は涙目だった。
「あ、あの……わたくし女性ですのよ? ひどいこと、しませんよね……?」
ぶるぶる震えるエフリートに向かって、勇者は安心させるようににっこりと笑うと、
「知ってる? この地球にはこんな言葉があるんだ。『男女平等』」
「わぁ、素敵な言葉。でもこの場合、不吉な言葉にしか聞こえないぃぃ……」
勇者はエフリートの前まで来ると、何かを思いついたかのように振り返った。
「あ、そうだ魔王。ゲームで対戦する時間が大分削られたから代案があるんだけど」
「? なんだ?」
勇者はニヤリと笑うと、
「リアル格闘ゲームでうっぷん晴らししようぜ」
つまり勇者は対戦ゲームの代わりに目の前の敵たちをボコボコにしてうっぷんを晴らそうと提案しているのである。
勇者の言うところの意味がわかった魔王も、同じくニヤリと笑った。
「ほう、それは面白そうだ」
「だろ? ほら、お前も来いよ」
魔王は言われた通りに勇者の隣へと進み行く。そして勇者と魔王、二人並び立つとその威圧感は倍に増えた。
「ひ、ひいい……!?」
怯えるエフリートに勇者は笑った。しかしその瞳はター○ネーターのように怪しく光っている。
「覚悟はいーい?」
魔王は魔王で今やとてつもない闇の気を体から発していた。
「もちろん周りに隠れている者どもも同罪だからな?」
その二人の言葉に辺りは凍りついていた。小便を漏らしている者すらいる。
そして二対七百――そのたった二人による七百人に対する圧倒的な蹂躙劇が始まったのである。
×××
十分も経った時、辺りの景色は一変していた。緑に覆われていた台地は剥げ、ところどころにクレーターが出来上がっていて、そこから煙を上げている。
そして魔物や軍人たちが至る所に転がっていた。千体の魔物と百人の軍人が転がっているのである。
そんな中、立っているのはたった二人だった。もちろん勇者と魔王の二人だ。
「これで少しは思い知っただろ」
「ちょっとやり過ぎ感は否めないがな」
そう答えた魔王だったが、その顔はニヤついていた。
「? お前、なんでそんな嬉しそうな顔してんの?」
「ふっ、別によいではないか」
魔王は言葉にこそしなかったが、内心では喜んでいた。勇者は自分のために怒ってくれたのだ。嬉しくないわけがなかった。
そんな魔王の心中を察することなく、勇者は魔王の額の傷を指差すと、
「それにしてもさ、お前、油断し過ぎだろ」
「ああ、面目ない。確かにちょっとばかり油断した。……エフリートに裏切られたのが思ったよりも堪えた」
その答えに、勇者は珍しく神妙な面持ちで、彼女を気遣うようにして訊く。
「……ショックだったのか?」
しかし次の瞬間、魔王の表情は晴れやかだった。
「いや、もういいのだ。勇者が……友達が助けに来てくれたからな」
そう言って魔王はにっこりと勇者に向かって笑いかけた。その女の子っぽい柔らかな笑顔に、勇者は珍しく不意を撃たれて顔を赤くする。
そして、勇者は魔王の頭を叩いた。
「いたいっ! な、なんで殴るのだ!?」
魔王は涙目で抗議する。
「お前がいきなり恥ずかしいことを言うからだろうが」
「だからって殴ることないだろ!?」
「ごめん、照れ隠し」
「勇者、お前の照れ隠しはシャレにならないんだよ! 今の普通に地面が割れる威力だったぞ!?」
「でもたんこぶくらいで済んだろ?」
「そうだけども!」
恐るべきは魔王の石頭だった。
「それよりもさ、今日はもうまったりポテチでも食いながらアニメでも見ようぜ?」
魔王が息を継ぎながら答える。
「……うむ、それがいいな。我も今日はもう疲れたぞ」
「まあ取りあえず帰って母さんにその傷を治してもらうか」
「ああ。ついでにお前に作られたたんこぶもな」
「………。行くか」
「スルーしたな」
「行くか」
「行こう」
そして二人は西の空へと飛んで行った。
後に残された魔物や軍人たちは、もう既に完全に忘れ去られていたという。
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