第九章(2) 勇者と勇者パーティ


                 十二月四日 月曜日 午後三時(日本標準時)

               日本 東京都八王子市高尾町 聖ニース学園上空


 翌日。

 晴れ渡った青空の下、終業のチャイムが鳴り響く。

 学園のはるか上空で勇者はそのチャイムの音を懐かしげに聞いていた。


「俺が引きこもってからもう五か月も経つのかぁ。こうして学校をサボって訊くチャイムの音は、なんかこう感慨深いものがあるよなあ。……っくしゅ! うう、それにしても寒いな……もう少し厚着して来るべきだったか……」


 勇者はいつも通りのくすんだ青色ジャージのまま来ていた。


「まあいいや。とりあえず魔法でバリアでも張って寒さを凌ごう」


 そう言って勇者は体に薄い魔法の膜を張る。すると寒さは瞬時に消え去った。

 ちなみに勇者が空を飛べるのは超レアアイテムである『浮遊の靴』のおかげだ。この靴のおかげで魔法や魔力を使わなくても意のままに空を飛べるのである。もっとも勇者はいざ戦いになると地上戦の方を好むのではあるが。

 眼下では昇降口から生徒たちがまばらに出始めていた。


「エイミーは帰宅部だからな。そろそろ出てきてもおかしくないんだけど……」


 そう、勇者がここにいる理由は、エイミー――『大魔法使い』の異名を持つほどの天才を仲間に引き込むためである。彼女は『魔法』だけなら恐らく勇者も魔王をも凌ぐ実力を持つ。エイミーは間違いなくこの世界で一番の魔法の使い手だ。なんとしても仲間に欲しかった。


「お、出てきた!」


 昇降口には今まさに魔法の箒に跨ったところの、薄緑色のサイドテールの少女がいた。耳が少し尖ったハーフエルフ――エイミー・フィーである。

 エイミーは箒に跨って上昇し、西の空へと飛び立とうとしていた。

 勇者は彼女の後を追いかけて声をかける。


「おーい! エイミー!」


 勇者の声に振り返ったエイミーは、勇者の顔を見ると嬉しそうに顔をほころばせた。


「勇者!」


 エイミーは方向転換して勇者の目の前まで来ると、嬉しそうな顔で勇者の手を取ってくる。


「どうしたのよこんなところで!? あ、もしかしてやっと学校に来る気になったのね!」


 そう言ってぶんぶんと勇者の手を振ってくるエイミーは本当に嬉しそうだった。


「い、いや……そうじゃないよ」

 幾分か気まずそうな勇者の答えに、エイミーの顔が曇る。


「え、ち、違うの……? じゃあ、どうしたの?」


 やっと学校に来る気になってくれたのかと思っただけに、エイミーの落胆は大きかった。


「あの……実はエイミーに大事な話があるんだ」

「え? だ、だだ、大事な話!?」


 エイミーの顔は、今度は赤くなっていた。『大事な話』――乙女であるエイミーにとって、そのキーワードを聞くとどうしても期待してしまう。


「そ、そうなんだぁ。あ、あたしに大事な話があるんだぁ」

「ああ」


 箒の上でもじもじそわそわと体を揺らすエイミーは上目遣いで訊ねる。

「ふ、ふーん。で、その大事な話って……な、なにかしら?」


 あくまでも冷静を取り繕うエイミー。しかしその表情は明らかに期待が隠しきれていない。

 そして勇者はそんなエイミーの乙女心にこれっぽっちも気付いていなかった。気付かぬまま、エイミーに魔王との戦いで加勢して欲しい旨を伝えるのだった。

 勇者の話を聞いていたエイミーの顔は段々と曇っていく。

 で、話を聞き終ったエイミーはジト目でこう言った。


「……お断りよ」


 またもや勇者の願いは一蹴された。


「お、おい? もう少し考えてくれよ」

「考えるまでもないわよバカ! なんであたしがあんたたちの争いに巻き込まれなきゃいけないのよ! (……というか、期待させといてふざけんじゃないわよ。結局また魔王絡みじゃないのよ……)」


 内心でふてくされるエイミー。

 が、勇者はやはりそんなエイミーの気持ちなどこれっぽっちも顧みることなく、手を合わせて頼み込むのである。


「頼む! エイミー、お前の力が必要なんだ!」

「え? あ、あたしの力が……?」


 いきなりの勇者の強い勢いにエイミーは押されていた。


「そうだよ、お前だけが頼りなんだ!」

「へ、へえ。あ、あたしだけが頼りなんだ~……」


 その顔はにやけていた。女性としては意中の男性に頼られて嬉しくないわけがない。特にエイミーのようなタイプはこのセリフに弱かった。

 しかしエイミーは、はたと我に返ると、


「……あれ? よくよく考えたら、あたしがあんたの味方をして魔王に勝っちゃったら、あんたもう学校に来てくれなくなっちゃうじゃん!?」

「ちっ、ばれたか。勢いで押し切れると思ったのに」

「押し切れるわけないでしょうがバカ! いい加減にしなさいよね!」


 とか言いつつも、実際押し切られそうになっていたエイミーだった。どこまでいっても恋がギャグになってしまう少女。それがエイミーなのである。

 しかしエイミーはこれしきで諦めるような女でもなかった。無駄に頭の回転が速いエイミーはすぐに次の手を思い付く。


「あ、そうだ勇者。今からあたしが出すクイズに正解したら、あんたの仲間になってやってもいいわよ?」

「え、ほんとか!?」

「ええ。ただしクイズに正解したらね。どう? このクイズ、受けてみる気はあるかしら?」

「受ける受ける! 受けますとも!」


 かかった! エイミーは内心でほくそ笑んだ。もちろんどうしても戦力が欲しい勇者が断るわけがないと計算した上で持ちかけたのである。

 エイミーは性格上どうしても素直になれない。というかもはや相当に不器用と言っていい。

 しかし不器用は不器用なりにやり方があるのである。


「じゃ、じゃあ問題を出すわよ。用意はいいかしら?」

「おう! いつでもいいぜ!」

「よし、じゃあ……い、いくわよ」


 エイミーの喉がごくりと鳴った。このクイズを出すにはエイミーにとってかなりの勇気がいることだった。しかしこれくらいしなければ、もはや勇者に想いは伝わらないだろう。だからエイミーは勇気を持ってクイズを出した。


「問題です! こ、このエイミーには好きな人がいます! それは一体誰でしょう! ヒント。ここから見える範囲にいます!」


 エイミーは耳まで真っ赤にして目を瞑っていた。とても正気ではいられなかった。こんなの勇者のことが好きだと言っているようなものだ。

 しかし……勇者はというと案の定悩んでいた。

(エイミーの好きな人? なんじゃそら)

 勇者はまず男か女かで悩んでいたが、その時点で既にエイミーの意図するところから大きく外れていたという。

 勇者は幼いころからエイミーのことを知っている。恐らく自分が一番エイミーの人間関係を把握しているという自負すらある。だから勇者は思い当る人物を全員頭の中に浮かべたが、誰が該当するのかわからなかった。

 だが、ここでヒントが大事になってくる。エイミーはここから見える範囲でと言った。眼下に見える学校からは既にたくさんの生徒たちが出てきていたが、勇者の中の該当する人物はそこにはいなかった。

 ということは、全ての人物から該当する者は、この場にたった一人しかいないではないか。


「なるほど……わかったぞ!」

 その声に、エイミーの体にさらにぎゅっと力が入る。

 そして勇者は自信を持って答えるのだった


「答えは、お前自身だろ? ハハッ、お前って意外とナルシストなんだな」



「いい加減死ねやオラァ!」

 最大限に魔力が籠ったエイミーのパンチを受け、勇者は思いっきり吹っ飛ばされたのだった。

 もちろん勇者の答えは大間違いだったわけである。

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