第一章(1) 魔王とFPS
西暦2000年。太平洋のど真ん中に巨大な隕石が落ちた。
その隕石は大陸となり、その中心に『ユグドラシルの樹』が屹立した。ユグドラシルの樹は『マナ』と呼ばれる成分を大気中へと放ち、地球上に魔力が満ちた(これにより人類は魔法を使えるようになる)。
隕石と共に地球へとやってきた亜人たち(エルフや獣人など)は人類に警告した。やがてこの宇宙を滅ぼさんとする魔王が地球へとやってくる、と。
普通の兵器では歯が立たないという魔王に対抗する為に人類は亜人たちと協力し、戦士を育成することになった。
――それこそが『勇者育成計画』である。
魔法使いや剣士、僧侶など、たくさんの戦士たちが育っていく中、ついに待望の勇者が現われる。ユグドラシルの枝に生る、選ばれし者にしか抜けないという聖剣を一人の若者が引き抜いたのである。かくして人類は魔王に対抗する手段を得たのだった。
そして西暦2018年、亜人たちの予言通り魔王が地球へと降り立った。
しかしながら、魔王は地球に降り立つなり人類に対して和平を申し出てきたのである。
人類は面喰らいながらも魔王の和平交渉を受け入れた。そして――
勇者はいらない子になった。
十月三日 火曜日 午後三時二十八分(日本標準時)
日本 東京都八王子市高尾山西部 和モダン三階建一軒家〈二階・勇者の部屋〉
「はあ……死にたい……」
山本勇者(本名である。山本が名字で勇者が名前)は今日も今日とてお決まりのセリフを呟きながらパソコンに向かっていた。
「くそっ。死ね、死ね、死ね」
今やっているゲームは昨日と同じFPSの銃を撃つゲームだ。敵兵に向かって銃を撃ちながら暗いセリフを吐き捨てている勇者は本当に果てしなく暗かった。
画面上で九連続キル(九人連続で敵兵を殺すこと)を達成すると、
「ふっ。俺の前に立つからそうなるのさ」
そう言ってニヤリとこれまた薄暗い笑みを浮かべる。もう本当にどうしようもなく暗い。彼が勇者だと言ってももはや誰も信じないことだろう。
そんな時、突如轟音が響き渡る。
どがああああああああああああああああああああんっ!!
「……は?」
見れば昨日と同じようにドアが吹き飛んでいた。
さらには昨日と同じように液晶テレビにドアが突き刺さって煙を上げているではないか。せっかく母親の回復魔法で直してもらったばかりだというのに……。
「勇者よ、泣いて喜べ! また我が来てやったぞ!」
勇者が部屋の入口の方を見ると、そこには嬉しそうな顔で踏ん反り返っている魔王の姿があった。今しがたの爆風で金の髪とセーラー服のスカートを風に靡かせている。
勇者はヘッドホンを乱暴に頭から取り外すと、無言で魔王へと歩み寄り、眼前で彼女を睨みつけ、ドアが突き刺さり煙を上げている液晶テレビを指差しながら、
「お前さ……俺の部屋のドアと液晶テレビになんか恨みでもあるの?」
剣呑な雰囲気の勇者に、魔王のこめかみから汗が一筋流れ落ちる。
「あ、あれ? もしかして怒っておるのか?」
勇者は口をひくつかせながら、
「逆に訊くけど、怒られないとでも思っているわけ?」
「ひ、ひええ……」
目の前にある勇者のド迫力の笑顔に魔王は怯えていた。
「……それともう一つ、なんでわざわざドアを破壊するのか聞いてもいい?」
「え? そ、その方が魔王っぽいと思って……」
こめかみから汗を垂れ流す魔王に、勇者は一層凄味のある笑顔で、
「ねえ、今すぐあの壁にかけてある聖剣でお前を斬り殺していい?」
魔王はそのセリフに大慌てになっていた。
「わ、悪かったって! もうドアを壊したりしないから! 許してくれ! な? この通り!」
両手を合わせて必死に謝る魔王に、勇者は大きなため息を吐くしかなかった。
「……わかったよ。わかったって。もういいから。……で、今日はまた何か用なのか?」
「あ、ああ。またプリントを届けに来てやったのだ」
そう言って鞄をガサガサと漁り、数学のプリントを差し出してくる魔王に向かって、勇者は呆れ気味の声で訊くのである。
「……なあ、お前って本当に魔王なんだよな?」
「む? いかにも。我こそが魔王であるぞ」
魔王――本来は人類や亜人たちの不倶戴天の敵にして最強最悪の力を持った存在で
ある。確かに目の前の女の子からはとてつもない力を感じる。魔王と言われても疑いようのない凄まじい力だ。
しかしその魔王が勇者である自分に向かって甲斐甲斐しくプリントを差し出してきているのはどういうことだ? 勇者は心底困惑していた。
「……俺さ、学級委員長の魔王がプリントを届けに来てくれている現実が、未だに受け入れられないんだけど……」
魔王は首を傾げる。
「なんでだ?」
「学級委員長をやっている魔王なんて、恐らくお前が史上初だからだ」
「あははっ! 面白いことを言うなお前! さすが勇者だ!」
「俺は何も笑えねえよ……」
まったくかみ合わない勇者と魔王だった。
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