第八章(3) 魔王と決戦の約束
×××
三十分後、勇者と魔王の二人は玄関先で正座させられていた。正座させられながら美咲が回復魔法で家を修復していく様を見つめていた。
「……なあ、勇者よ。お前の母上殿は一体何者なのだ……?」
「……俺にもわからん」
世界最強であるはずの勇者と魔王をいとも簡単にダブルノックアウトさせ、誰も出来ないはずの無機物の修復すら何食わぬ顔でやってみせる僧侶。化け物以外の何者でもなかった。魔王はそう思ったが、万が一美咲の耳に入ろうものなら多分地獄行き確定なので口には出さない。
しかしふと、魔王の口元に笑みが込み上げてくる。そして耐え切れなくなって、ぷっと吹きだしてしまうのだった。
「? ど、どうしたんだ急に?」
訝しげな顔で訊いてくる勇者に、魔王は笑いを堪えながら答える。
「ぷっ、くくく……い、いや、まさかこの魔王がこんな風に正座させられる日が来るなんて思うと、お、おかしくて、くくく……!」
本当におかしそうに笑いを堪えている魔王を、勇者は唖然とした顔で眺めていた。
「お、おい、大丈夫か? そんな自虐で笑うなんて、お前どうかしてるぞ?」
「ぷ、くく……! そうだな。本当にどうかしたのかもしれん。でもな、お前と遠慮のないやり取りをして、正座させられて……どれもこれもが我にとっては初めてのことで、新鮮なのだ……」
不意に愁いを帯びた魔王の横顔に、勇者は思わずはっとさせられた。
「昨日だって遊園地はつまらなかったけど、お前と一緒に居る時は楽しかった……」
魔王は言った。そして魔王は勇者の方へと顔を向けてくる。
「やはりお前と一緒に居ると楽しいのだ……」
「魔王……」
魔王の瞳は、まるで彼女の中が覗き込めてしまいそうなほどに澄んでおり、勇者は思わず吸い寄せられそうになった。
「勇者よ。お前、学校に来い」
「え? な、なんだよ、急に」
戸惑う勇者に、魔王はまっすぐと見つめながら、
「もう理屈をあれこれ並べるのはなしだ。我はただ、お前と一緒に学校に通いたいのだ。理由などもはやどうでもよい。お前と一緒に学校で楽しく笑って、そして、一緒に卒業したいのだ」
魔王はにっこりと笑っていた。
「だから学校に来い。勇者」
それはとても魅力的な笑顔だった。引き込んで離さない、美しい笑顔だ。
勇者はその笑顔をぼぅっと見つめながらも考える。今魔王が言ってくれたことの意味を心の中で反芻する。
しばらくは互いにただ見つめ合っていた。
そして勇者は一度目を瞑り、決心したように再び目を開くと、言うのである。
「魔王。俺も考えたよ。お前が今言ってくれたことは俺、心の底から嬉しかったし、お前が俺と一緒に居てほしいと思ってくれているのと同じくらい、俺もお前と一緒に居たいと思っている」
「勇者……」
「でも聞いてくれ魔王。それでも俺……学校行きたくない!」
最初、何を言われたのかわからなかった魔王。
しかしその意味に気付くと、愕然としてその目を見開く。
「な、なんでじゃい!? ここはお前、思いきり頷く流れだったろうが!?」
勇者はふぅっとため息を吐くと、
「なんていうのかな。俺の引きこもりも理屈じゃねえんだわ」
「おいマジかこいつ!? マジかこいつ!?」
どんなおいしいフラグもへし折る男。それが勇者だった。
「なあ、勇者! 一緒に学校行こうよ!」
「え、やだよ」
「こっちだってもうやだよ! このクソニート!」
「ク、クソニート……?」
魔王は正座しながらがばっと顔を伏せてしまい、勇者は正座しながら顔を引き攣らせていた。
しばらくの間、なんとも気まずい沈黙が場を支配していた。
しかしややあって、魔王が伏せていた顔を上げると徐に語り出す。
「なあ、勇者よ。だったら我と勝負しろ」
「は? 勝負?」
魔王は頷く。
「ああそうだ。お前は結局、本来戦うはずの『魔王』と戦えなかったことが原因で引きこもりとなり、それが今でもずっと引きずっておるのだろう? だったら、きっぱりと決着を着けようではないか」
「魔王……」
「それで我が勝ったら、その時は学校に来ると約束しろ」
魔王はまっすぐと勇者を見つめていた。それは目を逸らすことを許さない視線だった。
だから勇者もまっすぐに見つめ返しながら答えるのである。
「あの、別に勝負とかしなくていいです」
「お前マジでぶっ飛ばすぞ!?」
魔王はキレた。しかしすぐ思い直し、こう提案し直す。
「……わ、わかった。ならばもう少し譲歩しようではないか。元々お前は勇者パーティで魔王に挑むつもりだったのだろう? だったら決戦の場にパーティメンバーを全員連れてきてもいい。もちろん我は一人で相手にする。これでどうだ?」
その提案にはさすがの勇者も驚いていた。
「ええっ? さ、さすがにそれは無理だろう。さっき戦った時わかったけど、俺とお前の実力は同じくらいだっただろ。そこに俺のパーティメンバー三人を加えたらお前、勝ち目はないぞ?」
「それでも我は負けない。絶対に勝って、そしてお前を学校へと連れて行く」
それはとてつもない決意に見えた。魔王の瞳の奥には果てしない闘志で満ち溢れていた。だから勇者は答えるのである。
「あの、だから、そもそも俺は勝負するつもりないんだけど……」
「男ならグダグダ言わず勝負を受けたらんかいクソボケ!!」
「お前どんどん口が悪くなってくよね?」
「お前そろそろマジで闇の力を使って屠るぞ!?」
正座しながら無益な会話をする二人だった。しかし魔王は諦めない。
「な、ならば、どうしたら勝負を引き受けてくれるのだ!?」
「そ、そんなこと言われてもなあ……。大体お前が勝った時だけ俺が学校に行かなきゃいけなくなる条件があるのは、なんか不公平じゃね?」
「むむ……。言われてみれば、そうかもしれん……」
「だろ?」
「だったらお前が勝った時にも何か特典を付けようではないか! それで文句なかろう!?」
「ええっ?」
「ほら、言ってみろ! お前は勝った時、何をして欲しいのだ!?」
魔王は我が意を得たりとばかりに勇者に詰め寄ってくる。勇者はもうなんとなく逃げられないことを悟った。だから勇者は言うのである。
「だったら、俺が勝ったらお前は引きこもりになれ」
「は、はあ?」
魔王は勇者が何を言っているのか理解出来なかった。
「だから、俺が勝ったらお前は引きこもりになるんだよ。俺と同じようにな」
「な、なんだそれは!?」
まったく予想もしない条件に魔王は狼狽えていた。しかし勇者は、
「わかりやすいだろ? お前は引きこもりの俺を学校に引き戻すことを条件とした。だったら俺はお前を引きこもりに引きずり込むことを条件とする。これほどイーブンな条件もないだろうが? どうだ? これで断るなら断ってくれていいんだぜ? もちろんその時は勝負の話自体なかったことになるけどな」
今度は勇者が我が意を得たりとばかりに魔王へと詰め寄っていた。
「ぬぐぐ~……!」
魔王は呻きながらも考えた。ここまで言っても勇者は頑なに学校に来ようとしないのだ。もしここで勝負の話を断ったら、この先勇者は二度と学校に来ることはないだろう。
だから魔王は引き受けるしかなかった。
「わ、わかった、その勝負受けようではないか!」
「ほう、いいのか?」
「魔王に二言はない!」
彼女はそう言うと立ち上がり、二、三歩ほど進んだところで背を向けながら、
「勝負は一週間後の日曜日の正午。場所はエフリートどもと戦ったあの山にしよう。もちろんお前は勇者パーティを全員連れてきても構わない」
「おいおい、本当にいいのかよ?」
「言ったであろ。魔王に二言はない。だがな勇者よ、よく覚えておけ」
魔王は顔だけ振り向くと、高らかに宣言する。
「例え何人で来ようとも、例えどんな手を使われても、我は絶対に勝つ。勝ってみせる。そして絶対にお前を正しい道に戻してやるからな。覚悟しておけ」
それだけ言い残して、最後にニッと笑ってから、魔王は西の空へと飛び去って行った。
後に残された勇者は正座したままぼそりと呟く。
「あれ? なんかこれ……俺の方が悪者みたいじゃない?」
まったくその通りだった。
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