第七章(1) 魔王と遊園地

 魔族とロシア軍特殊部隊による連合軍との戦闘――あの日から一か月が経った今もなお、勇者は相変わらず引きこもりだった。

 日々怠惰を貪り、午後にやってくる魔王の相手をするだけの生活。

 そう。この一ヶ月、どれだけ魔王が学校に誘っても勇者は頑なに応じなかった。

 しかしそんな生活にも変化が訪れようとしていた。

 それは十二月に入ったばかりの土曜日と……そして日曜日のことだった。


             十二月二日 土曜日 午前八時五十二分(日本標準時)

  日本 東京都八王子市高尾山西部 和モダン三階建一軒家〈二階・勇者の部屋〉


 遮光カーテンにより真っ暗な部屋の中。勇者は気持ちよさそうにすーすーと寝息を立てていた。何も邪魔するものがない穏やかな寝息だった。

 だが、そんな静寂の部屋にどんっとドアが勢いよく開け放たれる音が響き渡る。


「勇者、起きろ! 出掛けるぞ!」


 いきなりの大声に勇者は顔を顰めると、ベッドの中でもぞもぞと寝返りを打ちながら答えるのである。


「……帰れ」


 眠気の入った完全に機嫌の悪い声だった。しかし魔王は挫けない。


「おい、起きろよゆうしゃ~」


 魔王はベッドの上に乗っかって、勇者に跨ってゆさゆさと体を揺らす。


「……頼むからもう少し寝かせてくれ」

「何を言う。もう九時だぞ」

「……引きこもりにとって朝の九時は深夜みたいなものなんだよ。起きたら相手してやるから、一人でゲームでもして時間を潰してろよ」

「そうもいかん! 今日はお出かけしたいのだ!」

「……はあ? お出かけ? どこに」

「我は遊園地に行きたいのだ!」

「……勝手に行って来いよ」

「我は勇者と行きたいのだ!」

「……お前、引きこもりを遊園地になんか誘うなよ……。友達と行きたいならエイミーでも誘って行けばいいだろ」


 すると魔王はもじもじしながら、


「……確かに魔法使いは友達ではあるが、まだ遊園地に誘えるほど仲良くはないのだ。なあ勇者、気兼ねなく誘えるのはお前しかいないんだよ~」


 すると勇者は耐え切れなくなったように、がばりと起き上がって言うのである。


「お前、俺には滅茶苦茶やるくせに、なんでエイミーにはそんな遠慮気味なんだよ!? というかその気遣いの心をもう少し俺にも使えよ!」


 果てしなく正論だった。しかし魔王は不思議そうにこてんと首を傾げているではないか。勇者はぶん殴りたいのを我慢した。

 ただ勇者は、そこでようやく魔王の恰好に気付く。


「お前、その恰好……」

「ふふ……どうだ? 似合っているだろ?」


 魔王はベッドの上で立ち上がると、くるりと回って見せる。

 魔王はいつもの制服姿ではなかった。フレアミニスカートに黒タイツとジャケット。そしてマフラーまで巻いている。その姿はとても可愛らしく可憐だった。


「へえ、まるで美少女のようじゃないか」

「ふふふ、そうであろ。そうであろ」


 そうやって魔王は上機嫌に笑っていたのだが、しかしふと気付くのである。


「……あれ? その言い方だと、まるで普段は美少女ではないような言い方ではないか……?」

「細かいことは気にするな。それよりも……くそ、完全に目が覚めちまったじゃねえか」

「いや、起きてくれよ。そして遊園地に連れて行ってくれよ」


 勇者は嫌そうに顔を顰める。


「……まじで行くのか?」


 その顔を見た魔王はさすがにたじろいだ。


「う……ま、まあ、そんなにいやなら……いいのだが……」


 魔王はつまらなさそうに、悲しそうに目を伏せてしまうのだった。そんな姿を見せられては、勇者はため息を吐くしかなかった。


「……分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」

 魔王はがばりと顔を上げると、


「ほ、ほんとか!? 一緒に行ってくれるのか!?」

「ああ。でも言っとくけど俺も遊園地は初めてだからな。俺に過度な期待はしないでくれよ?」

「それはいいのだ! 一緒に行ってくれれば、それでいいのだ!」


 その嬉しそうな顔を見て、勇者はまたため息を吐くしかなかった。


「じゃあ俺、着替えるから」

「ああ、わかった」


 魔王は頷いたがそこから動く気配はなかった。勇者はもう一度言う。


「あのな、魔王。俺、着替えるから」

「ああ、着替えればよかろう?」

「………」

「……?」


 二人は不思議そうに顔を見合わせていた。そして勇者は告げる。


「あのさ……部屋から出て行ってくれない?」

「? どうしてだ?」

「いや、恥ずかしいだろうが」

「別に我は恥ずかしくないぞ」

「俺が恥ずかしいんだよ! いいから出てけって言ってんだよ!」

「わ、わかったよ。そんなに怒らなくてもいいのに……」


 ぶつくさ言いながら魔王は部屋から出て行った。勇者はうんざりしながら呟く。


「誰かあいつの取扱説明書をくれよ……」


 今度実際に魔王城に行って、誰かに魔王の御し方を教えてもらおうかと本気で悩む勇者であった。


 部屋から出てきた勇者を見て、魔王が感嘆の声を上げる。


「おお。お前も似合っているではないか!」


 着替えた勇者の恰好を魔王は上から下へと眺めまわす。MA‐1ジャケットにニットとスキニーパンツ。勇者は背が高く体つきもかっちりしているので、その着こなしはとても良く似合っていた。


「なんだなんだ。ちゃんとオシャレすればお前もかっこいいではないか」

「はいはい。お世辞をどうもありがとう」

「む。世辞などではなく、これは本当に」

「ほら、早く朝飯食いに行くぞ。どうせ母さんが二人分用意しているだろうから」

「これ、待たんか! 世辞ではないと言っておろうが!」


 二人はやんややんやと言い合いながら一階へと降りて行く。一階にはそんな二人の光景を微笑ましく見つめている母親がいた。


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