第一章(2) 魔王とFPS
そんな時、魔王が不意に話を変える。
「ところで勇者。昨日も思ったけど、お前あれで何をやっているのだ?」
魔王が指差しているのは先程まで勇者が座っていた場所にある――パソコンだった。どうやら魔王はパソコンの画面に映っているものを指差しているようだ。
「え? あ、ああ。あれはFPSのゲームだよ」
「えふぴーえす? なんだそれは」
魔王は勇者の横を通って勝手に部屋の中へと入って行ってしまう。
当然、勇者は慌てた。
「お、おい」
「おお、これは『パソコン』というやつだな。そのパソコンの画面の中でなにやら人間どもが戦っておるようだが?」
食い入るようにパソコンの画面を見つめる魔王に、勇者はため息を吐きながら仕方なく説明してやることにした。
「だから、そういうゲームなんだよ。銃の撃ち合いをして敵兵を殺っていくゲームだ」
「おお、なんだか殺伐としたゲームだな。なんとも我好みだぞ! なあ、ちょっとやって見せてくれよ?」
「ええっ? ま、まあ、いいけどさ……」
そう言いながらも勇者はどことなく嬉しそうに見えた。何故なら引きこもりである彼にとって、自分の得意なゲームを見せびらかせる機会を得ることはこの上なく嬉しいことなのだ。
魔王にも音が聞こえるように勇者がヘッドホンをパソコンから抜き取ると、スピーカーからゲームのBGMが鳴り始める。勇者は椅子に座るとマウスを握り、また説明する。
「目的は単純なゲームだよ。敵兵を銃のレティクル――つまりスコープで照準を合わせるための線なんだけど、その線に合わせて銃を撃って敵兵を殺す。ただそれだけだ」
そう言って実演をして見せる勇者。画面の中のプレイヤー兵がジャングルステージの中を進んでいくと、横切った敵兵に素早く照準を合わせマウスをクリックする。すると画面の中のプレイヤー兵はアサルトライフルをぶっ放し、目の前の敵兵の体に弾を数発めりこませて倒した。
「おおお!」
後ろで感嘆の声を上げる魔王。勇者は続けて二、三人敵兵を倒して見せて実演を終了した。
「やるではないか勇者! いとも簡単に敵兵を殺してしまったぞ!」
「ま、まあね。実際、敵も全国のプレイヤーなわけだけど、まあ僕の敵じゃないかな」
「ほおおお……!」
素直に尊敬の眼差しを送ってくる魔王に、勇者は悪くない気分だった。とても悪くない気分だった。基本的に引きこもり生活を送っている彼は貶されることはあっても褒められることはないので、こういう状況はとても稀で嬉しかったのだ。
だから、
「我もやりたい!」
魔王がそう言った時、勇者はいともあっさりと承諾してしまう。後で後悔することも知らずに……。
「しょ、しょうがねえなあ。特別にお前にもやらせてやるよ」
そう言いながらも、自分の好きな趣味を共有してくれる仲間が出来たことが嬉しくて仕方がない勇者は、いそいそと席を立ちあがると魔王に席を勧めて、自分は横からゲームのやり方を教え始める。
「いいか? さっきも言った通り、やり方は簡単だ。画面中央のレティクルに敵兵を入れてマウスをクリックするだけ。そうすれば銃から弾が発射され、敵兵は死ぬ。わかったか?」
「わかった!」
「じゃあさっそくやってみな」
そうしてゲームをスタートした魔王だったが、ものの数秒もしない内にあっさりと撃ち殺されてしまう。
「ぬ?」
「ああ、死んじゃったか。でもボタン一つでまたすぐ復活出来るから」
「おお、本当だ! こいつは伝説の不死鳥並みに頑丈だな!」
「……そういうゲームなだけだから。ほら、余所見してると」
ゲームを再開した魔王の兵士はまたあっさりと殺されてしまう。
「ま、また殺されちゃったぞ!?」
「だから言ったろ。そう簡単なゲームじゃないんだよ」
「お前さっきは簡単だって言ってただろうが!?」
「それはゲームのやり方の話だよ。敵兵も中身は全国のプレイヤーなんだから、よっぽどやり込まないとこの手のゲームは勝ち越すことは出来ないんだよ。最初は沢山殺されてしまうのは仕方ないって」
「むうう……」
「ほら、どれだけ殺されてもいいから、最初は一人でも倒すことを目標にやってみなよ」
魔王はゲームを再開する。するとまたすぐに殺された。復活するとまたまたすぐに殺される。そこからどれだけ復活してもすぐに殺されてしまうのだった。大体は魔王が何をする間もなく後ろから撃たれるというパターンだった。この手のゲームは、最初はマップに慣れてどこに敵が潜んでいるかを見極めていかねばならないのである。
しかし殺され続けていくうちに魔王の様子が変わっていく。厳密に言えば、魔王の体にうっすらと黒いオーラが纏わり始めていた。錯覚などではなくて本当に視認できるやつだった。
「ぬうう……! こ、こいつら、この魔王相手に好き勝手にやりおって~……!」
目に見えて怒りを浮かべている魔王に、さすがの勇者も顔を青ざめさせていた。
「お、おい、たかだかゲームなんだからそんな怒るなよ。落ち着けって」
「いいや、許せん! 絶対に許せん! これが魔界だったら我が権力において細切れにしてからミノタウロスのエサにでもしてやっているところだぞ!」
「……マジかよ。魔界おっかねえな……」
しかし勇者が軽く引いている間にも、殺され続ける魔王の鬱憤は溜まっていく。
――そして、ついにその時が来た。
敵兵の一人が死んで倒れている状態の魔王のプレイヤー兵に向かってひたすらに銃を撃ちまくってきたのだ。死んでいる状態の魔王のプレイヤー兵が撃たれて不様に跳ねていた。これは『死体撃ち』と呼ばれる、ネット上で重度のマナー違反とされる挑発行為だった。
その挑発行為に、遂に魔王の堪忍袋の緒が限界を迎える。
「ふ、ふざけおって~……! この魔王を愚弄するとは……こいつ、いい度胸だ! もう限界。この画面の向こう側にいる奴ら全員まとめてあの世に送ってやるぞ!」
そう言うや否や、魔王の手が怪しく輝き始める。
「お、おい!? ちょっと落ち着いて」
「くたばるがよいわ! ダークフレイムバスタァァァァァァアアアアアアアアアアッ!」
勇者が止める間もなく、魔王の手から放たれた黒い炎が一瞬にして辺りを黒い光に包んだ。そして――
どごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!!
部屋の中、高密度の魔力が籠った行き場のないエネルギーは思い切り爆発した。
煙が晴れた時、そこにあったのは四方の壁が壊れ、見通しのよくなった部屋だった。勇者の家は高尾山の森の中にぽつんと建っているので、外の木々が一望出来るほどに見通しが良くなっていたりする。
そして滅茶苦茶になった部屋の中には、煤だらけの姿で立ちすくむ少年と少女の姿がひとつずつ。言わずもがな勇者と魔王である。
ぼろぼろになったジャージを纏いながら、ダメージによるふらふらな足取りで勇者が息も絶え絶えに言う。
「だ、だから落ち着けって言ったでしょうが……」
同じく煤だらけの顔で、魔王が息も絶え絶えに答える。
「で、でも、これくらい見通しが良ければ、いちはやく敵を視認できそうだぞ……?」
「お、おまえ、マジでふざけんなよ……」
「ご、ごめん……」
勇者と魔王はそのまま二人仲良くその場に倒れたのだった。
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