第二章(1) 魔王とドラモンクエスト

              十月四日 水曜日 午後三時二十一分(日本標準時)

  日本 東京都八王子市高尾山西部 和モダン三階建一軒家〈二階・勇者の部屋〉


 昨日の爆発からすっかり直った部屋の中、液晶テレビの前に座っている少年はお決まりのセリフを吐くのだった。


「はあ……死にたい……」


 ちなみに魔王の魔法によって破壊された部屋を直したのは勇者の母親だ。勇者の母親は名のある僧侶であり、また、勇者パーティの一員に選ばれるほどに力を持っているのである。彼女の回復魔法は凄まじく、その力は生物の傷だけでなく無機物さえも直してしまうほどだった。

 そんなわけで再び直ったテレビの前でコントローラーを握る勇者が、RPGの『ドラモンクエスト』をプレイしている最中だった。

 勇者はソファーに横になりながらぼそりと呟く。


「はぁ……ゲームはいいよなぁ。リセットがあるし……」


 これは引きこもりなら誰しも一度は言うセリフである。その上、勇者が言うとさらに実感が籠っていた。

 そんな時、ドアをノックする音と聞き覚えのある声が部屋の外から聞こえてくる。


「おーい、ゆうしゃ~。我が来たぞ~」

(キ、キター)


 魔王だ。勇者はとっさにリモコンで音量を小さくすると気配を殺す。


(たかだかゲームで部屋を吹き飛ばすような奴なんかと、もう付き合ってられるか! ここは寝たふりをしてやりすごそう)


 そう思ってとっさに気配を殺した勇者だったが、その考えが甘いことを思い知る。


「おーい。いるんだろ勇者ー? 早くここを開けてくれー。そろそろドアを吹き飛ばしたくてうずうずしてきたぞー」


 その物騒なセリフに勇者は慌てて起き上がり、ダッシュでドアを開けにいくのだった。ドアを開けると魔王が軽快に手を上げていた。


「よっ」

「よっ、じゃねえよ! なんでお前はそうすぐにドアを吹き飛ばしたがるんだよ!?」

「うむ。どうやら魔王の血が破壊衝動を求めているようだな。しょうがない」

「しょうがないで済ませられるかバカ!」


 しかし魔王は魔王で不満そうな顔をしていた。


「それよりもお前今、居留守を使っただろう? ひどいではないか」


 どうやら気配を殺すのが遅かったようで居留守がバレていたようだが、しかしそのセリフに対し勇者は逆に睨みつけると、


「……そりゃ居留守を使いたくもなるだろうよ。お前まさか昨日、自分が何をやったのか忘れたわけじゃないよな?」


 もちろんそれは部屋を爆発させた件についてである。


「う……そ、それはその……我だって部屋を破壊したのは悪かったと思ってるよ。でもこうして全部元通りになったんだからいいではないか?」

「全然よくない! 確かに一見、全部元通りに戻ったように見えるかもしれないけど、パソコンに入っていたデータは全部消しとんじゃったんだぞ!? どうしてくれるんだよ!」


 さすがの母親の回復魔法でもデータまでは直せないのである。


「引きこもりの俺にとって、パソコンに入っているデータは命の次に大事な物なんだからな!」


 勇者は涙目だった。実際に大事なデータがいくつか吹っ飛んだのだ。


「だ、だからこうやって何度も謝っているではないか。な? お願いだからそろそろ許してくれよ~」


 魔王は本当に悪かったと思っているらしく真摯な表情で頭を下げていた。さすがに見た目だけは可愛い女の子にそうしょんぼりされると気分が良いものではないので、勇者はため息を吐きつつも仕方なく許すことにした。


「はぁ……わかったよ、もういいよ。……それで、今日もプリントを届けに来てくれたのか?」


「え? あ、いや、今日はプリントを届けに来たわけではないのだ」

「そうなの? じゃあ何しに来たんだ?」


 魔王はこほんっと一つ咳払いを入れると、


「実はな、今日はお前を学校に戻ってもらうため、説得しに来たのだ」

「なに? 学校に戻るための説得……だと?」


 勇者の顔が瞬時に引き攣る。


「……誰かに言われたのか?」

「うむ。教師や学友たちから、お前を学校に連れて来るのが学級委員長の仕事だと言われたのだ。それなのにただ遊んで帰って来るとは何事だと怒られてしまったのだ」

「……いやいや、遊ぶどころか爆発させて帰ったんだけどな、お前は」

「だ、だから許してくれよぅ」


 魔王は眉を下げつつ勇者の肩を揺すぶってくる。


「わ、わかったから! わかったから顔を近付けんな! お前の角が俺の頬に突き刺さってんだよ!」

 勇者は泣き落としを使ってくる魔王を手で引っぺがしながら、


「とにかく……俺は学校には行かないから」

「え? 行かないのか?」

「ああ、行かないったら絶対行かない」

「そうか。じゃあ仕方ないな」

「納得しちゃうのかよ」

「でも、そもそもどうしてお前はそんなに学校に行きたくないのだ?」

「え?」

「お前がそうまでして学校に行きたくない理由だ。我はそれが知りたいのだが」


 そう言われて勇者は考えてみる。自分が学校に行かなくなったそもそもの理由はなんだっただろうか? そもそもの理由は……そもそもの理由は……


「ちょっと待て。そもそもの理由は魔王、お前のせいだよバカヤロー!」


 急にキレ出した勇者に魔王は目を白黒させている。


「えっ? 我のせい?」

「そうだよ! 魔王のお前があっさりと人類と和平なんか結んじゃうから勇者の俺がいらない子になっちゃったんじゃねえか! 今まで学校にも通わず勇者の修行にだけ励んできたというのに、急に『お前はもう必要ないから高校にでも通ってろ』なんて

上から言われてさ……渋々高校に通ってみたら通ってみたで……うっ、くっ!」


 何かイヤなことでも思い出したのか、頭を押さえながら苦しそうに呻く勇者。


「おい、勇者?」




「……お前、勇者が学校に通ったらどんな目に遭うか分かる?」

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