第七章(2) 魔王と遊園地
×××
騒がしくも楽しい朝食を終えた二人は、家を出ると西の方角へと飛び始めた。
「う……引きこもりは朝日を浴びると死んでしまうんだ……」などとのたまう勇者と、そのケツを蹴飛ばす魔王。二人はいつも通りぐだぐだやりながらも順調な空の旅を楽しんだ(ただし生身である)。
そして十分もしない内に目的地が見えてきたのである。
同日 午前九時五十三分(日本標準時)
日本 山梨県富士吉田市 富士スーパーランド上空
「おおおお……!」
見えてきた観覧車とジェットコースターに魔王が感嘆の声を上げていた。
「ガキかお前は。そんなにはしゃいじゃって、まあ恥ずかしい」
「うるさいな。そんなお前だって意外とわくわくしているのではないか?」
ぎくりとする勇者。
「そ、そんなわけないだろう? いくら子供のころ修行三昧で遊園地に行きたくても行けなかったからって、そ、そんなわけないだろう?」
焦る勇者と、その姿を生温かい目で見つめる魔王だった。
「うん、そうか。お前が楽しみにしていたのはわかった」
「こ、こほんっ。とにかく、だ。遊園地らしい遊園地と言ったらこの富士スーパーランドがおすすめらしい。特にジェットコースターとかがスリルがあってすごいらしいよ」
「ほおお、それは楽しみだな! 早速行ってみようではないか!」
「そうだな。それじゃあ降りるか」
「らじゃ!」
そうしてルンルン気分で遊園地の中へと降りたのだが、速攻で係員に掴まり、きちんとチケットを買って入るようにこっぴどく怒られた二人だった。
×××
――二時間後。
観覧車に乗る勇者と魔王の表情は優れなかった。
何故ならこの二時間、あらゆる乗り物に乗ったのだが、二人はほとんど楽しめなかったのだ。
考えてみれば当然のことだった。魔王も勇者もジェットコースターより高いところまで飛べる上に、ジェットコースターよりも早く動ける。これでどうやって絶叫しようというのか? そう、絶叫系マシンというものは最強の力を持つ二人にとって単なる鉄の塊も同じだった。
勇者も遊園地は初めてだったからこそ気付かなかった盲点だが、見る見るうちに機嫌が悪くなっていく魔王の横で、勇者は内心で冷や汗をかくしかなかった。
そしてどうやらこの観覧車も魔王はお気に召さなかったらしい。ゴンドラの椅子に座りながら彼女は頬をぷぅっと膨らませている。
「……なあ、これは何が面白いのだ?」
あからさまに機嫌の悪い声に、勇者は辟易しながら答える(勇者はこの二時間、乗り物に乗る度に、そのつまらない乗り物の説明をしなければならなかったので、精神的に大分参っていた)。
「こ、これはな、高いところからの景色を楽しむ乗り物なんだ」
「……だったら、いつも高いところを飛んでいる我にとって、この乗り物は何の意味もないではないか」
その通りだった。高いところから景色を楽しむのが観覧車だが、魔王は観覧車の最高高度よりも遥かに高く飛べるのである。とどのつまり、魔王にとって観覧車はゆっくりと動く鉄の檻とそう変わらなかった。
より一層頬を膨らませる魔王に、勇者はというと冷や汗をかくしかないのだが、しかしそんな彼の心など慮ることもなく、
「つまらぬ! 我はもう降りる!」
そう言って魔王はドアをがちゃがちゃやり始める。
「お、おい! ダメだって! そこの注意書きにも書いてあるだろう? 無理矢理ドアを開けようとしたりするのは禁止だって」
勇者は焦って注意した。すると――
「だったらこの機械を早く下ろそう」
「え?」
魔王が言った『機械』とは、観覧車とゴンドラそのもののことだった。
彼女がゴンドラの床に手を当てて「ふんっ」と力を入れると、観覧車はその瞬間、有り得ないほどのスピードでぐるんと回った。
すぐにロックがかかったのか観覧車はガチャンッ、という音と共に止まったのだが、その直前のスピードが凄すぎて全てのゴンドラが振り子のようにぶらんぶらん揺れていた。ありえないくらいに揺れていた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああっ!?」
「うわああああああああああ、タスケテェ!」
「か、神さまあああああああああああああっ!!」
辺りから聞こえてくる絶叫。それは楽しさからくる絶叫ではなく本気の悲鳴だった。
阿鼻叫喚と化した観覧車の中で、勇者は魔王に向かって静かに言うのである。
「……いいか? 後から事情聴取されると思うが、何を聞かれても知らぬ存ぜぬを通せ。わかったな」
勇者の目は余計なことを言ったら魔王(お前)を討伐すると訴えていた。
「わ、わかった」
魔王は自分がやったことが酷くマズイことであることを肌で感じ、神妙な顔で頷いた。
観覧車はその後、運転禁止となった。
×××
観覧車から救出される形で脱出した後、勇者は悩んでいた。次はどうしたものか、と。富士スーパーランドにはもう一つ、お化け屋敷が名物として残っていたのだが、この魔王をお化け屋敷の中に入れたらなんとなく爆発オチになる気がしたので勇者はスルーすることにした。
「……遊園地はあまり楽しいところではないのだな……」
「……お前、さっきのこと何も反省してねえだろ」
ついツッコんでしまう勇者だったが、しかしあからさまにがっかりした顔の魔王がなんとなく不憫だったので、勇者は彼女の肩を叩きつつ提案する。
「結局俺たちに遊園地は似合わないんだって。なあ、アニメイトでも寄って帰ろうぜ?」
魔王は首を傾げる。
「あにめいと? なんだそれは?」
「アニメやゲーム関連のグッズがそれこそ山のように置いてある店のことだよ」
勇者の言葉に、魔王はびっくりしたように目を見開いていた。
「ふおおおおお! な、なんだそれは!? まるで宝島のようではないか! 行く! 行く行く! 絶対行く!」
「うし。じゃあ決まりだ。俺に付いてきな!」
「おうさ!」
そうして遊園地に来た時以上のテンションで二人は秋葉原へと向かって飛び上がったのだった。
その後、オタクの街――秋葉原を心行くまで堪能した二人だった。
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