第二章(4) 魔王とドラモンクエスト
×××
翌朝、カーテンから漏れる光で勇者は目を覚ました。
「ん……もう朝か」
布団の中で伸びをする勇者は、しかし小鳥が囀る音に混じってゲームのBGMが聞こえてくることに気付いた。
横に視線をやると、そこには目の下にクマを作りながら未だ画面に向き合っている魔王の姿があった。
呆気に取られる勇者。
画面の中ではちょうど『勇者』が『魔王』を倒したところだった。
『ぐあああああああっ! ま、まさかこの魔王が倒される日が来ようとは……!
く、くははっ、み、見事だ! しかし覚えておくことだな。いつの日か我はまた復活する。そのことをゆめゆめ忘れぬことだ。ぐはははははははははーっ!』
それだけ言って画面の中の『魔王』は倒れていった。
「はっ! そんな捨て台詞にビビる我ではないのだ! おととい来るがよい、このクソ魔王が!」
そこには画面の中の『魔王』に向かって毒づいている魔王の姿があった。
「お前、なにやってんの……?」
つい声をかけてしまうと、魔王はクマの残る顔を勇者の方へと向けてくる。
「おお、勇者! やった、やったぞ! ついに我は魔王を倒したぞ! 魔王を!」
そこには『魔王』を倒して大喜びをしている魔王の姿があった。
「そう。よかったね……」
それしか言えない勇者。まさかたった一晩でクリアしてしまうとは思ってもいなかったのだ。
「しかし……ふあぁ……魔王を倒すことに力を使い果たしたせいか、我、ちょっと眠いぞ……」
「いや、単なる寝不足だからそれ」
ジト目の勇者に、魔王はマイペースに言うのである。
「勇者、そこふかふかで気持ちよさそうだな。なあ、ちょっと場所変わってくれよ」
そう言うや否や、魔王はベッドの方へと倒れ込んで来るのだった。
「お、おい!?」
勇者はいきなり真横に倒れ込んできた魔王に慌てた。
しかしすぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。
「えっ? ま、まさか……もう寝たのか?」
耳を澄ませるまでもなく、魔王の気持ちよさそうないびきが響き渡っている。しかも既に涎まで垂れ流しているではないか。
勇者は魔王を跨いでベッドから出ると、彼女の肩を揺さぶる。
「おい、起きろって! 寝るなら自分の家に帰ってから寝ろよ!」
しかしどれだけ揺さぶっても起きる気配はない。
「マジでなんなのこいつ? おーい、そのまま寝たら制服がしわくちゃになっちゃうぞー」
その通り、魔王はセーラー服のままなのだ。しかしやはり起きない。
「おーい。起きないとお前のスカートめくっちゃうぞー」
それでも起きない。
「おーい。いいんだなー? 本当にめくっちゃうぞー? 本当だぞー。後から苦情は受け付けないぞー?」
全く起きる気配がないことを幸いに、本当にスカートの方へと手を伸ばしていく勇者。
「うん、まあ、あれだ。有言実行は大事だって学校で習ったしな。スカートをめくると言ったからには本当にめくらないとダメだな。うん」
こういう時だけ都合よく学校の名前を出す勇者だった。その手がゆっくりと魔王のスカートの方へと伸びていく。
そして、その指先がスカートの端に到達しようかという時だった。
「魔王ちゃん。そろそろ学校の時間だから起きないと間に合わなくなるわ……よ?」
こういう時に限って母親がノックもせずに部屋の中へと入って来たのである。
勇者と母親の視線が交錯する。母親の目には今まさに魔王のスカートをめくらんとしている変態息子の姿が映っているわけで……。
「……勇者」
「は、はい」
途端に部屋の温度が下がった気がした。
「なにを……しているのかしら」
顔は笑顔のままだが、あからさまに母親の声は低くなっていた。
「い、いや……違うんだよ、母さん」
ガスッ、という音がしたかと思ったら、母親の手が壁にめり込んでいた。
「言い訳は聞きたくないかなぁ。お母さん、あなたをそんなことをする子に育てた覚えはないんだけどなぁ」
母親の体からは今や勇者や魔王を超えるほどの覇気が流れ出ている。
「ひ、ひぃぃ……」
勇者は心底怯えていた。
「うふふ……百歩譲って引きこもりは許せても、お母さん、それは許せないなあ。それ、犯罪じゃない」
『それ』とはもちろん魔王のスカートを捲ろうとしたことである。
目にも止まらぬ速さで移動してきた母親は、勇者の首根っこを掴むとそのまま部屋の外へと引きずっていく。
「ご、ごめん母さん! ちょっと魔が差しただけなんだよ。ゆ、ゆるして……」
「ダーメ。問答無用」
ニッコリ笑った母親はそのまま階下へと勇者を引きずって行ってしまった。
しばらくすると、
「ぐふっ! ぐはっ! ごっはぁ! ……あ、いや、ちょ、ちょっと待って! 母さん、さすがにモーニングスターはやめて! ひぎゃあっ!!」
しばらく物騒な打撃音と勇者の悲鳴が鳴り響いていたが、やがて静かになる。
そして――
見るも無残な姿になった勇者を引きずって母親が部屋に戻ってくると、
「ほら、大人しく寝てなさいね」
ぽいっと魔王の横へと転がされるぼろぼろの勇者。もちろん魔王にいたずらする気力なんてこれっぽっちも残っていなかった。
結局魔王も起きなかったので、その日は二人揃って夕方まで仲良く眠りこけたのだった。
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