第四章(3) 魔王とコンビニ

 そして『Fight!』の掛け声で対戦が始まると、案の定、一方的な展開になった。勇者の操る鉢巻を巻いた武道着の男性キャラが、魔王が操るチャイナ服を着た女性キャラを一方的に叩きのめし、あっさりと『K.O.』の文字が画面にでかでかと表示されたのだった。


「あ、あれ?」

「だから言ったろ。勝てるはずないって」


 こんなはずはないという顔の魔王に対し、勇者はため息を吐きながら言った。


「も、もう一回やろうではないか!」

「別にいいけどさ……」


 しかし次も、ものの十秒ほどで『K.O.』の文字が。


「も、もう一回!」

「あ、ああ……」


 結局また、あっさりと勝負がつく。それからも魔王は勝負を挑み続けた。そして負ける度に魔王の顔が強張っていく。


「な、なあ、そろそろ無駄だってわかったろ? 大人しく練習しようぜ」

「……もう一回だ」

「俺の言うこと聞いてた? 練習を……」

「もう一回だ!」


 魔王は勇者の言うことに耳を貸す状態ではなくなっていた。

(だからやりたくなかったのに~!)

 これは勇者の心の叫びである。しかし既に場が険悪になりすぎると、それすらも口に出すことが憚られるのだ。こういう時はちょっとしたことがきっかけで友達同士のケンカに発展してしまうのがお約束なのである。そしてケンカに発展した場合、勇者と魔王が争えば、どのみち部屋の破壊は避けられないだろう。

 仕方なく勇者は引き続き不毛な対戦に付き合ってやることにする。というか付き合うしかなかった。

(……しょうがない。上手いこと手加減して、なんとか魔王を勝たせてみよう)

 そして勇者はばれないように工作を始める。相手が攻撃するタイミングを読んで敢えて飛び込んだり、相手の攻撃が防げないふりをしてわざと自分のキャラの体力を減らしていった。

 しかしそれでも勇者の方が勝ってしまったのだが、体力的には今回の試合はかなりいい勝負だった。


「おお、惜しかったなあ! もしかしたらもうそろそろ俺、負けちゃうかもなー! あはは!」


 わざとらしくないように勇者はおべっかも相当気を遣って言っていた。

 しかし魔王はというと、真っ暗な瞳で睨みつけてくるではないか。


「……お前、今……手加減したろ?」


 ギクリッ。勇者の体が硬直した。


「我の目を誤魔化せると思ったか? バカにするな! 今度手加減したら絶交だからな!」


(ええ~!? そ、そんな理不尽な……)

 しかしながら、そんな理不尽なセリフが出てしまうのが、対戦ゲームで冷え切った空気の充満する部屋というものなのである。

 そしていっそのこと絶交してくれた方が勇者にとって願ったりかなったりのはずなのだが、しかし対戦ゲームで冷え切った部屋ではそれすら恐ろしくて簡単には実行できないのだ。

 というわけで、不毛な対戦が再び続くことになった。どれだけやっても結果が変わらない対戦を延々と続ける。魔王の使っている女性キャラの悲鳴が響くたびに、勇者の心に乾いた風が吹きすさんでくるようだった。

(た、耐えられねえ……!)

 勇者が勇気を出して横をチラリと盗み見ると、半分涙目で真っ直ぐ画面を睨みつけている魔王の姿があった。しかもその体からは黒いオーラが溢れ始めているではないか。

(こ、このままではまた部屋が爆波されてしまう……!)

 何せ魔王には前科がある。堪え性のない魔王はいずれ腹いせに魔法を暴発させてこの部屋を吹き飛ばすことだろう。

(な、なんとかしなければ……)

 そう思った勇者は必死に打開策を考え始める。しかし、この冷え切った空気はそう簡単に打開できるものではない。下手な発言をしようものなら火に油だ。そしてその瞬間に爆発オチ確定だろう。

 画面内で魔王のキャラをぼこぼこにしながらも、勇者は必至にどうすべきか考えた。でもやはりそう簡単には打開策は見つからない。だが、そうしている間にも魔王の黒いオーラが見て取るように増大しているではないか。

 しかもそれに伴い場の空気もさらに冷え込んでいく。魔王の目尻に溜まった涙と共にプレッシャーも増大していく。

 ついに勇者は叫ぶのだった。





「あー! もう耐えられねえ! やめだ、やめ! 一旦ゲーム中止!」

「え?」


 魔王は急に立ち上がって叫び出した勇者をぽかんと見上げていた。そんな魔王に向かって勇者は手をぶんぶん振りながら、


「もうやめよ! こんな空気、俺もう耐えられねえよ! いいか? ゲームってのはなあ、楽しむためにあるんだよ。それなのに、こんなギスギスした空気でやってても何もいいことなんかないっての!」


「……ゲームは……楽しむためにある?」

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