第四章(4) 魔王とコンビニ
「そうさ! ゲームってのは本来そういうものなの。俺もお前も二人ともが笑ってなきゃおかしいんだよ。お前がそんな顔をしていたら、俺だってきついんだよ」
「そ、そうなのか?」
「ああ」
勇者の言葉を受けて、魔王は何やら感銘を受けているようだった。
「おい、魔王。ゲーム機ごとその対戦ゲームのソフトを貸してやるから家で練習してこい。そしてお前が俺に張り合えるほど上手くなったら、その時にもう一度やろう。その時はきっと楽しいはずだ」
「え、その時は楽しいのか?」
「対戦ゲームっていうのは互角の戦いをすればするほど面白いものなんだよ。だから魔王、強くなれ」
勇者は魔王の前に手を差し出す。しばらくはその手を見つめていた魔王だったが、やがて立ち上がってその手を掴んだのだった。
「ああ、約束しよう。我は今よりも強くなる。そして再びお前の前に現われようではないか」
それは互いをライバルと認め合った感動的なシーンだった。しかし忘れてはならない。それはただ単にゲームをする約束をしているだけであるということを。
しかしながら対戦ゲームで冷え切った空気を変えるには相当なスキルが必要なのだが、勇者はそれを見事やってのけたのだった。
勇者は手を放すと冗談交じりに言うのである。
「まったく……冷や冷やさせんなよな? 今回も爆発オチかと思ったぜ」
「失礼な。我を何だと思っているのだ」
そう言い合いながらも笑い合うまでに仲直りできた二人だった。勇者はほっと息を吐くと、
「魔王、今日もウチで夕飯食ってくだろ? それまでマンガでも読んでまったりしてようぜ」
「うむ、そうだな。それも悪くない」
普段なら邪険にするところを、仲直りできたことが嬉しかったのか、ご飯を食べていくよう提案をした勇者だった。そして魔王はベッドに、勇者はソファーで互いにごろりと横になる。
そこからは二人とも漫画を読んでいるだけで、まったりと静かな時を過ごした。
しばらくして、勇者はふとコーラが飲みたくなり部屋の中にある冷蔵庫のところに向かう。
「コーラ、コーラっと……あれ?」
しかし冷蔵庫の中にはコーラがなかった。
「うわっ、マジかよ。切らしてたのか……」
コーラは引きこもりである勇者にとってマストアイテムなので部屋の冷蔵庫に常備してあるのだが、たまたま切らしていたことに気付いていなかったらしい。
だが、一度飲みたくなってしまうとどうしても飲みたいのがコーラというものだった。勇者は魔王の方へと向き直ると、
「なあ、魔王。ちょっとコンビニでコーラ買ってきてくれよ」
それまでマンガを読んでいた魔王は、いきなりそんなことを言われて戸惑った。
「な、なぜ我が買いに行かねばならんのだ?」
「だって俺、めんどいもん」
「ふ、ふざけるな! 魔王をパシリに使おうなどとはいい度胸をしているな貴様!? 自分で行ってこいよ!」
勇者は首を振る。
「ダメなんだ。実は俺『この部屋から出れない病』という病気にかかっているんだよ。だから俺、この部屋から出れないんだ」
それは言い訳にもならないほどに出来の悪い言い訳だったが、しかし魔王は信じた。
「な、なに? お前、そんな病気にかかっていたのか?」
「うん」
純粋な魔王を騙して、しれっと嘘を吐く勇者。
「……そうか、地球にはそんな病気があるのか。……はっ!? だから勇者は引きこもりになっていたのか……。それなのに我はそんな事も知らずに無責任に学校に連れて行こうとしていたとは……。これでは学級委員長失格だ……。勇者、すまなかったな」
律儀にもぺこりと頭を下げる魔王だった。
「わかってくれたならいいんだよ。というわけでコーラ買って来てくれる? あ、ペプシコーラで」
「うむ! 任せておくがよい。見事ペプシコーラとやらを買ってきてみせようぞ!」
そう言って魔王は部屋から出て行った。
「……あいつ簡単に騙されたな……。あれでよく一国のトップでいられるよなぁ。大丈夫なのか、魔王軍は?」
他人事ながら物凄く心配になってしまう勇者だった。だが今回のことに関してはコ
ーラのためだと自分に言ってきかせて目を瞑る最低な勇者だった。
「さ、俺は漫画でも読んでコーラを待とうっと♪」
つくづく最低な勇者だった。
しかし、しばらくしてからのことだ。
ズドォンッ!
突如、地響きとともに外からそんな轟音が聞こえてきた。見過ごすにはあまりにも大きな音だった。
勇者は訝しげな視線を窓の外へと送ると、
「え? な、何? 今の物騒な音は……」
普通に暮らしている限りはまず聞こえてくるはずのないような異音。
この時、勇者の心の中にはたった今コーラを買いに行っているはずの魔王の姿が浮かんでいた。
「い、いや……まさかな。そうだ、魔王を信じよう。なんでもかんでも魔王に結び付けるのはよくないよな。うん」
だが、しばらくしてから携帯電話の着信音が鳴り始めたではないか。画面上には見知らぬ番号が。
普段だったら見知らぬ番号など無視するところだったが、この時は妙な胸騒ぎを覚えて勇者は電話に出た。
『こちら山本勇者さんのお電話ですか?』
「あ、はい。そうですけど」
『わたくし警視庁の者です。実は魔王さんが事件を起こしまして……。それであなたを身元引受人に指名しているんですけど、こちらに来られますか? 場所はすぐ近くのコンビニエンスストアです』
「………。はい、すぐ行きます」
勇者はもはや何も言わず、お出かけ用のパーカーを手に取った。
事件現場に辿り着くと、手錠を嵌められ涙で顔をぐちゃぐちゃにしている魔王に出迎えられた。
「ゆうしゃ~」
そんな魔王の横から刑事の一人が説明してくる。
「魔王さんには『ペプシコーラをよこせ』と意味不明なことを言ってコンビニを破壊した容疑がかかっています」
「………」
「幸いにも死傷者はゼロですが、コンビニはご覧の通り跡形もありません」
「………」
勇者はもはや言葉が出ない。
「ゆうしゃ~」
泣いている魔王の後ろには確かに全壊したコンビニエンスストアの姿が……。まだ煙が上がっていた。
「ゆうしゃ~」
未だ泣きやまない魔王に向かって勇者は頭を下げる。
「その、なんていうか……悪かった」
もう謝るしかなかったという。
その後、母親を呼んで魔法でコンビニを直してもらい、なんとかその場は収まった。
そして、どうやら個人経営だったらしいそのコンビニ――
後日談だが、将来、魔大陸(魔族の領土)でコンビニをチェーン展開する許可を与えたことで、どうにか魔王は店長に許してもらえたのだった。
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