第六章(3) 魔王と勇者
「い、いや、待ってくれ。それにはワケがだな……」
「言い訳なんて聞きたくないね! お前はあれか!? 巌流島に遅れてきた宮本武蔵にでもなったつもりか!? わざと遅れてくることで俺をイライラさせて集中力を乱したところを対戦で勝つというセコイ作戦なんだろうこれは!」
「おい、さすがにゲームごときでそこまでするほど我は落ちぶれておらんぞ!? お前ちょっと我のこと見くびりすぎだろ!?」
「はん、どうだかな。お前スゲー負けず嫌いだし。やりかねないだろ」
「負けず嫌いなのはお前だって同じだろうが!? この間なんてじゃんけんで勝った方が母上殿特製のアップルパイを一切れ多く食べられるという時に、我がじゃんけんに勝ったら『実は三回勝負でした』なんて言われて、その三回勝負に勝ったら『実は五回勝負でした』とか……往生際悪すぎだろ! 本当にお前が勇者なのか度々疑うほどだったぞ!?」
「………。まあ、あれは我ながら大人げなかったと思って反省してる。悪かったな」
「……お前、意外と素直だな」
「まあね。――ところでさ、この人たち誰?」
そこでようやく勇者は辺りに目を向けたのだった。そこにはぽかんとした顔で二人の罵り合い(漫才)を見つめている魔物たちと軍人たちがいた。
同じくぽかんとした顔のボリス大佐が勇者に向かって訊いてくる。
「……少年。気のせいかな? 今、魔王がキミに向かって『勇者』と言ったような気がしたのだが……」
勇者は頷く。
「ああ、そうだけど。俺、一応勇者だよ」
勇者がそう答えた瞬間、辺りがざわついた。
「ちょ、ちょっとタイム!」
ボリスがそう言って部下のドミトリーとエフリートとで円陣を組み、ひそひそ話を始める。
「お、おい、勇者が出てくるなんて聞いてないぞ!?」
「ど、どうしましょう……?」
「さ、さすがに魔王と勇者の二人を同時に相手にするのはキツいわよ」
「……いや待て。そもそもあれは本当に勇者なのか? あんなだるんだるんのくすんだ青色のジャージに身を包んだ勇者なんて聞いたことがないぞ?」
「……確かにね。あれではスライムやゴブリンにすら勝てそうにない風貌だもの」
「お、お待ちくださいお二人とも。わたしは以前『勇者育成計画』のデータベースを見たことがあるのですが、あの顔は確かに勇者ですよ」
「な、なんだと!? くそっ!」
「……いえ、待ちなさい。そもそもどうしてわたくしたちは勇者を『敵』として認識しているのかしら?」
『え?』
「だってそうでしょう? 相手は勇者なのよ。勇者というのは魔王と相反するものではなくて? 普通、魔王と勇者って敵同士よね?」
「おお! た、確かに! さすがエフリート殿! 頭がいい!」
笑顔になるボリスとエフリートだったが、部下のドミトリーだけ不安そうな表情で、
「で、でも、なんだかあの二人、仲好さそうじゃないですかね……?」
「バカ言え! 魔王と勇者の仲がいいわけあるか!」
「そうよそうよ! これ以上ややこしいことになる前に、ここはさりげなく勇者に帰ってもらいましょう?」
エフリートの提案にボリスが頷く。
「そうですな。そうしましょう」
そうやって三人の話がまとまった頃合いに、勇者が話しかけてくる。
「ねえ、まだ? 俺たち時間ないんだけど」
ボリスが慌てて対応する。
「お、お待たせして申し訳ありません勇者殿! たった今、話がまとまりましたので!」
「それで?」
「あの、実はですね、わたくしたちはそちらの魔王さんと少しばかりお話があるのです」
「ふーん。じゃあ早く済ませてよ」
「い、いや、それがちょっと込み入った話でして……」
埒が明かないと思ったのか、勇者は魔王の方に顔を向けると、
「ねえ、この人たちお前に一体何の用なの?」
「実はな、クーデターを起こされたのだ」
「なに……クーデターだと?」
魔王のその答えに勇者がぎろりとボリスたちを睨みつける。ボリスやエフリートたちの顔が一斉に青ざめた。
しかし勇者はこのようにのたまうのだった。
「悪いけどクーデターは今度にしてくれよ。今日はこいつ、俺とゲームで対戦するのが先約なんだから」
『えええっ!?』
まったく予想していなかった答えにボリスたちはみんな驚いていた。
真っ先に我に返ったボリスが、なんとか絞り出すように声を出して、
「こ、今度にしろと言われましても……。クーデターというのはタイミングを逃すと失敗してしまうものでして……」
「そんなこと言われてもこっちだって困るよ。だって今日は間違いなく俺が先に魔王とゲームをする約束してたもん」
「い、いや、してたもんと言われましても……」
ボリスは困り果てて、また三人でひそひそと話し始めるのだった。
「お、おい! あいつまったく話が通じないぞ!?」
「まさかあんなガキみたいな理論で我々のクーデターを阻んでくるなんてね……。まったく予想できない展開だわ」
「ど、どしましょう……?」
ボリス、エフリート、ドミトリーの順で話したところで、
「もういっそのこと勇者も一緒に殺しちゃったらどうかしら?」
エフリートがそのように提案した。
『え?』
「だってあいつ話が通じる雰囲気じゃないし……。それに見てよ。あんなくたびれた青色のジャージを着てる奴がそんなに強いと思う?」
ボリスが頷く。
「ま、まあ確かに……」
「それに見たところ『聖剣』も持っていないわ。『聖剣』のない勇者なんて餡の入っていないたい焼きも同じよ」
エフリートのその発言に、部下のドミトリーが前のめりになって、
「た、確かに『聖剣』があるかないかで勇者の力が十倍近く違うという話を聞いたことがあります!」
「ほう、そんなに違うものなのか? だったら殺してしまった方が早いかも知れないな。ここで目撃者を取り逃がすのは都合が悪いのも事実だ。……しかしエフリート殿、魔族なのによくたい焼きなんて言葉を知ってましたな?」
「好きなのよ、あれ。それよりもさっさとやるわよ!」
「はっ! そうですな」
再び三人の話し合いが終わった頃、勇者がいらいらしながら言ってくる。
「おい、時間がないって言ってるだろ!?」
しかし今度は、三人は余裕の態度だった。
「くくく。お待たせいたしましたな、勇者殿」
「で、今度はどういう話し合いの結果になったんだよ?」
「申し訳ありませんが、勇者殿にはここで死んでいただくことになりました」
「あ、そうなの?」
そんな軽い勇者の反応に、エフリートがくすりと笑って、
「ふふ、えらく余裕の態度じゃないの。『聖剣』も持っていないくせにさ」
「聖剣なら呼べば来るけど。……聖剣よ、来い!」
勇者が右手を天にかざしてぐっと力を入れると、何もない虚空から鞘に入った一振
りの剣が現われたのだった。それを手に取って勇者が言う。
「ほら」
『え』
完全に計算違いの顔をしている三人。
真っ先に我に返ったドミトリーが、慌てて上司のボリスに向かって、
「ど、どうするんですか!? 聖剣きちゃいましたよ!?」
「ば、ばか! 今さら後に引けるか! さっきの魔王と同じように先制して狙撃するしかない!」
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