第三章(1) 魔王と魔法使い


             十月五日 木曜日 午前十時十七分(モスクワ標準時)

            ロシア モスクワ アルバート地区 ロシア連邦参謀本部


 アルバート地区――ロシアの軍事施設の中枢。

 そこから少し外れたところにある、今は使用されていないはずの寂れた軍事給油施設。

 その古めかしい建物内の長く薄暗い廊下を、軍服を着た二人の男が歩いていた。

 一人はパンチパーマの髪とテカテカの頬が特徴的な、小太りの壮年の白人。胸には大佐の階級章が光っている。

 もう一人は彼の部下で、ひょろながの背格好の、同じく白人だ。胸には中尉の階級章。


「ボ、ボリス大佐……本当に大丈夫なんですかね? 魔物なんかと手を組んじゃって……」


 部下の男がびくついた様子で上司の男に話しかけた。

 ボリス大佐と呼ばれた小太りの男が答える。


「大丈夫だと言っているだろう。向こうからしても我々と手を組むことは利があることだからな」

「し、しかし……」

「ドミトリー。いい加減覚悟を決めたらどうだ? それに考えてもみろ。もしこの計画が上手くいけば、我々は歴史に名を残すほどの英雄だぞ。そうすれば富も名声も得放題。世界中の美女たちが我々の下にこぞって押し寄せてくるに違いない」

「せ、世界中の美女たちが……」


 二人は世界中の美女たちが押し寄せてくるシーンを想像したのか、揃って『ぐふふふ……』とだらしなく口元を緩めた。

 そして、最初に我に返ったドミトリーが言う。


「ほら、ボリス大佐なにやってるんですか。先方がお待ちですよ。さっさと行きましょう!」

「お、おお、そうだな。……しかしお前も調子がいいね」


 調子のいい部下にボリスはやや呆れ顔だった。




 ボリスとドミトリーの二人が事務室のドアを開けると、中には三体の魔族の姿があった。

 その中央――豪奢な椅子に座っている女性の姿をした魔族は一際目立っていた。美しいダークブラウンの体に炎の衣を纏った女性だ。髪の毛も燃え滾っているかのように真っ赤である。

 ボリスはその炎の女性に向かって満面の笑みを向けると、


「おお、これはこれはエフリート殿! 遠路はるばるようこそおいで下さいましたな!」


 女性の後ろに控え立っている二人の護衛の魔族が警戒する動きを見せたところでボリスは立ち止まると、炎の女性の全身をまじまじと見つめながら、


「いやあ、これは噂に違わぬ美しさですな! これほどの美人が魔王四天王の一人だとは、いやはや魔王軍の方々が羨ましい! いっそのことわたしも魔物になりたいくらいですぞ。ぐふ、ぐふふ」


 気色の悪い笑みを浮かべるボリス大佐に、エフリートと呼ばれた炎の女性はちょっと引き気味で、


「お世辞はいいわ。それよりも早いところ話を詰めましょう」


 そのセリフでボリスは我に返ると、


「おお、そうですな。では早速計画を進めましょうか」


 そこでボリスは意味深な笑みを浮かべ、こう続ける。




「魔王暗殺計画をね」




               十月六日 木曜日 午後四時十九分(日本標準時)

                     日本 東京都八王子市 高尾山上空


 同じころ、日本の夕焼けの空を魔王が飛んでいた。


「ふぁ~……まだ眠いぞ……」


 だらしない顔で欠伸をするセーラー服姿の魔王。


「しかし、まさかここまで時間を忘れてしまうとは……この世界のテレビゲームというものは恐ろしいものだな。まるで禁術の時魔法のようだぞ」


 そう、魔王は時間を忘れて『ドラモンクエスト』を朝までやり、つい先程まで勇者のベッドで寝て、その帰りだ(起きた時、横には何故かぼろぼろの姿になった勇者の姿があってびっくりした彼女だったが……)。

 自分の城に向かってのんびりと夕焼けの空を飛んでいると、魔王に向かって声をかけてくる者がいた。


「魔王ー!」


 振り向くと、右手の空から箒にのった少女が魔王の方へと近付いて来ているではないか。


「おお、魔法使い!」


 魔法使いと呼ばれた魔王と同じセーラー服に身を包んだ少女は、魔王の側まで来ると箒を止めて話しかけてくる。


「こんなところで何やってるの? というか今日学校休んでどうしたのよ?」

「いやあ、ちょっとな。魔法使い、お前は学校の帰りか?」

「ええ、そうよ。……まったくもう、ほんと心配したんだからね?」

「うむ。面目ない」


 この『魔法使い』と呼ばれた少女の名前はエイミー・フィー。耳が少し尖がっている彼女はエルフと人間とのハーフである。このエイミーは勇者パーティの一人であり、『大魔法使い』の異名を取るほどの天才だったりする。

 本来は魔王を倒す役目を負うはずの彼女だったが、今ではすっかり魔王と仲良しだった。

 そして勇者の幼馴染みでもあり、引きこもりの勇者を最も心配しているのは彼女――エイミーだった。

 そんなエイミーに向かって魔王は告げる。


「そういえば魔法使いから頼まれていた件――勇者を学校に連れて来いという話だが……ダメだったぞ」


 エイミーの顔が曇る。


「……そう。魔王でもダメだったんだ。勇者と対等の力を持つ魔王ならあるいは、と思ったんだけど……」


「すまないな。勇者のやつ滅茶苦茶頑なだった。まるで学校に来る気配がないぞ」

「まったく、あいつは……!」


 エイミーは薄緑色のサイドテールの髪を怒りでぶるぶると震わせながらも、その瞳はどこか優しげだった。


「でも魔王……あなただけが頼りなのよ。学級委員長であり、魔王でもあるあなただけが……。たぶんあいつを学校に連れ戻せるとしたら、あなたしかいないわ」

「そうなのか?」

「ええ。だってあいつ、あたしの言うことなんてまったく耳を貸さないもの。それどころかあたしなんて部屋にすら入れてもらえなかったし……(なんでこの子は簡単に部屋に入れたのにあたしはダメなのよ……! あたしの何がこの子に劣るっていうわけ!?)」


 怒りに震えるエイミーの体からは膨大な魔力が漏れ出ていた。


「お、おい、落ち着け。お前から我に向かってとんでもない憎しみの波動が伝わってくるのだが……」


 エイミーはハッと我に返ると、


「ご、ごめんごめん。あたしったらつい……(危ない危ない。思わず嫉妬で大魔法を撃ち込むところだったわよ)」

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