第三章(2) 魔王と魔法使い


「う、うむ。なにやら命拾いした感はあるが……」


 と、顔を青ざめさせている魔王に向かってエイミーが言う。


「と、とにかく、魔王には引き続き勇者を学校に引き戻すよう働きかけて欲しいのよ。勇者が引きこもってからというもの武道家はグレちゃうし、自分の息子が引きこもっているというのに勇者のお母さんはあんな感じでのほほんとしているし……魔王、ほんとあなただけが頼りなのよ」


 苦労人のエイミーに対し魔王は頷く。


「うむ、わかった。出来得る限りのことはしてみよう」

「ごめん。お願いね」

「それにしても、おぬしは本当に勇者のことを心配しているのだな。もしかして魔法使いは勇者のことが好きなのか?」


 その言葉に慌てたのはエイミーだった。


「あ、あんた、何言ってんの!? そんなことあるわけないでしょうが!? あ、あたしが勇者のことが好きだなんて、あ、あるわけないでしょうが! もうほんと、あんた死んだ方がいいんじゃない!?」


 誰がどう見てもそれは照れ隠しだと見え見えだったが、その言葉を真正直に受け取った魔王は涙目になっていた。


「そ、そこまで言わなくても……」

「ああっ! ご、ごめん! そ、その……冗談だから!」


 どこからどこまでが冗談なのかわからないが、とにかくエイミーは謝った。魔王の気が収まったのを見計らって、エイミーは逆に訊く。


「そ、そういうあなたこそ、勇者のことが好きなんじゃないの~?」


 それはほんのささやかな反撃のつもりだった。エイミーからしたらちょっとだけ魔王をからかってやるつもりだったのだ。しかし、


「我? そうだな……我は勇者のこと好きだぞ」

「なっ!?」


 魔王の答えに、エイミーは盛大に顔を引き攣らせていた。


「す、好きって……え? 魔王のあなたが、あいつのことを……?」

「ああ、好きだぞ」

「ちょ、ちょっと待ってよ! あいつとあなたは仮にも勇者と魔王なのよ!? そんなのダメよ! 不潔よ!」

「……すまぬ。おぬしの言ってることが今一つ理解出来ないのだが……」

「い、いや、あの……あなたが勇者のことを、す、好きだなんて言うからびっくりしちゃって……」


 魔王は首を傾げていた。


「われが友として勇者のことを好いておるのは、そんなに変なことなのか?」


 その言葉にエイミーはきょとんとしていた。


「と、友として?」

「ああ」


 その言葉の意味が解ると、エイミーは心底ほっとした息を吐いた。


「な、なーんだ。そういうことかー。友達として好きっていうことだったのね」


 誤解だと分かった途端にエイミーの顔には笑みが戻った。


「あはは、おかしいと思ったのよねー! あんたも勇者もどっちもその手の話にはとことんニブイのに、そんなわけないわよねー。まあ、友としてだろうがなんだろうが、魔王が勇者を好いているというのも少し変な話ではあるけれど、それならまだ納得出来るってものだわ。うん」

「……な、なんだかかなりバカにされているような気もするが……おぬしが納得してくれたのならそれでよしとしよう」


 そうやって健気に理解を示す魔王だった。

 エイミーは一頻りうんうんと頷いたところで話を変える。


「ところで話を元に戻すけど、あなた今日一体どうして学校を休んだのよ? 風邪でも引いたのかしら?」


 魔王は首を振る。


「いや、我は魔王だから風邪など引かぬぞ」

「さ、さすが魔王、風邪引かないんだ……。でも、じゃあ、どうしたの?」

「実はな、ついさきほどまで勇者の家にいたのだ」

「……へ? 勇者の家に?」


 再び曇るエイミーの顔に構わず魔王は言う。


「ああ。勇者のベッドで先程まで寝ていたのだ」

「はああっ!?」


 その何気ない魔王のセリフに、エイミーの顔は先程よりも一段と引き攣っていた。

 しかしエイミーは無理矢理に笑みを作ると、


「あ、あの……あはは、聞き間違いかなあ? 魔王、あなたが勇者のベッドで寝ていた、なんて言葉が聞こえたんだけど……」

「だからそう言っておろうが」

「がはぁっ!」


 エイミーの体は何か見えないものにダメージを受けたように、くの字に折れた。


「お、おい!? 魔法使い、いきなりどうしたのだ! 大丈夫か!?」

「だ、大丈夫よ……。ね、ねえ、それよりも魔王。そ、それって、ゆ、勇者とあなたが一緒に、ね、寝た、という意味でいいのかしら……?」


 よろめきつつ、息を切らしながら恐る恐るといった風に訊いてくるエイミー。

 一方の魔王は寝ていた時の状況を思い返していた。さっき起きた時に勇者は何故かぼろぼろの状態で自分の隣に寝ていた。それはつまり、


「ああ、そうだな。我と勇者は『一緒に』寝たな」

「ぐっはぁっ! ごはぁ!」


 会心の一撃。一人で盛大に吹き飛ぶエイミーを、魔王は辛うじて空中で抱きとめた。

 しかし腕の中のエイミーは既に瀕死に見える。


「お、おい! おぬし本当に大丈夫なのか!?」


 本気で心配する魔王に、エイミーは上体を起こしながら無理矢理に笑顔を作ってみせると、


「うふふ、そっか……。いつの間にかお二人はそんな関係に……。結局さっきの『好き』って、そういう意味だったの……。それなのにあたしったら滑稽なピエロだったというわけね……」

「ひっ!? お、おい! しっかりしてくれ!」


 エイミーのサスペンスじみた笑顔に魔王は恐怖に駆られていた。


「……うふふ、こんな滑稽なピエロのことなんてどうぞ笑ってちょうだい……。ご心配なく。好き合っている二人の間にあたしが入り込む余地なんてないもの……。それじゃあ、お幸せにね……」


 そんなことを言い残してエイミーは魔王の腕から離れると、再び箒に乗って去って行く。

 夕陽に向かって右へ左へと蛇行しつつ小さくなっていく影に、魔王はぽかんと口を開け茫然と呟く。


「魔法使いはちょっとおかしな子だな……」



 お互いに誤解があるとはいえ、本当に踏んだり蹴ったりのエイミーであった。

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