第十章(3) 勇者と死の修行
×××
時を同じくして。
日本のとある山中でビバークする者たちがいた。
河原にはいくつものテントが立ち並び、辺り一帯を結界が覆っている。
その結界内にいるのは、魔物の群れと人間の兵士という異様な光景だ。
中央付近にある周りとは一線を画す豪華なテントは、彼らの本部である。
――その本部のテントに今、息を切らしながら慌ただしく駆け込んでくる者がいた。
「大佐! 大変なことがわかりました! どうやら魔王と勇者が決戦をするそうです!」
その報告に軍服を着た小太りの男――ボリス大佐は髭剃りをする手を止めて振り返った。
「なにぃ!? ドミトリー、それは本当か!?」
部下のドミトリーは頷く。
「は、はい! 魔王が通っている学校で、それはもう凄い噂になってます! 魔王も勇者のパーティメンバーも全員学校を休んでいるそうで、どうやら本当に決戦をするみたいです!」
「そ、それで、決戦の日時や場所はわかっているのか?」
「時間は今週、日曜日の正午。場所は以前、我々が魔王と戦ったあの場所――清澄山だそうです!」
ボリス大佐はニィッと笑う。
「よくやったドミトリー! 直ちに全軍にその旨を伝え、戦闘準備に取り掛からせろ!」
「はっ! 了解いたしました!」
ドミトリーは敬礼すると、入って来た時と同じように慌ただしくテントから出て行った。
ボリスはシェービングフォームが付いたままの顔で振り返り、後ろにいる人物に向かって語り掛ける。
「ようやく我らにツキが回って来たようですな?」
ベッドの上でペディキュアを塗っていた炎の衣を着た女性――エフリートは、その手を止めてくすりと笑った。
「ふふふ……どうやらそうみたいね」
エフリートはそこでさらに口の端を吊り上げると、
「今度こそ魔王の首を取るわよ」
×××
さらに一日が過ぎ――木の枝で大岩を斬る訓練が始まって三日目のことだった。
十二月九日 土曜日 午前十一時七分(日本標準時)
日本 岐阜県高山市 御嶽山北部奥地
迫りくる大岩。
勇者は木の枝を一閃した。
二つに割れ、左右にずれていく大岩。
勇者は残身のまま小さく呟く。
「き、斬れた……」
ずずぅぅぅん……!
二つになった大岩は洞窟の入り口の右と左にそれぞれぶつかって止まった。
大岩を斬った余韻を手に残したまま、勇者は手元の木の枝を見つめる。
「どうやら会得したようね」
気が付くと美咲がすぐ目の前まで来ていた。
「今のが……勇者の奥義なの……?」
勇者が呟くと、美咲はうーんと可愛らしく唸って、
「ちょっと違うわね。勇者、聖剣を呼びなさい」
「え?」
「聖剣を呼ぶのよ」
「あ、ああ、わかったよ」
勇者は狼狽えながらも右手に聖剣を召喚した。
「よし。それじゃあ聖剣を持ったままわたしに付いて来なさい」
美咲がふわりと浮いて空中に飛んでいき、勇者はその後を追った。
地上から百メートルほど行ったところでようやく美咲は止まる。
「勇者。聖剣を鞘に入れたまま左手に持って、抜刀の構えを取りなさい」
「わ、わかった」
勇者は言われた通り抜刀の構えを取った。
「その構えのまま地上に向きなさい」
言われたまま、抜刀の構えのまま地上に向き直る。
「ここからが本番よ。聖剣に思い切り力を入れなさい」
「え、どういうこと?」
「聖剣の鞘の中に己の力を全て注ぎ込むイメージで、思い切り力を入れるのよ」
「で、でも……」
「大丈夫。聖剣は決して壊れないわ。やりなさい」
勇者は戸惑いながらも、目を瞑ると、
「聖剣の鞘の中に、力を注ぎこむイメージ……」
勇者はイメージのままに自分の力を解放し、その力を全て聖剣へと注いでいく。
聖剣は光り輝き、漏れ出た光が柄の中から溢れ出ていた。
呼応するように辺りには激しい風が吹き荒れる。
「まだよ……まだまだ。もっと力を注ぐのよ」
漏れ出る光も、吹き荒れる風も、どんどんと激しさを増していく。聖剣の鞘の中にとんでもない力が溜まっていく。
「まだ……まだ足りないわ。もっと力を……フルパワーを注ぎなさい!」
「ぐぅぅぅぅうううう……!」
今や自分の力に弾き飛ばされそうなほどに、鞘の中に力が溢れていた。
ある時、機を見た美咲が叫ぶ。
「今よ! さっき大岩を斬ったイメージで、今度は大地を斬るのよ! やりなさい!」
「はぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」
勇者は抜刀した。抜刀した勢いのままに力を全て大地に向けて叩き付けるように斬りつけた。
三日月の形をした光の剣閃が大地を襲った。
――風が止んだ――否、風も一緒に斬られたのだ。
一瞬だった。
「な、なんだこれ……?」
勇者は斬りつけた後の恰好のまま茫然と呟いた。
目の前には底が見えない大きな谷が出来上がっているではないか。
大地が……いや、地球が割れたのだ。
「それこそが勇者の奥義――エクスカリバースラッシュよ」
美咲がいつもの笑顔のまま言ってくる。
「エクスカリバー……スラッシュ」
「そう、全てを切り裂く究極の奥義よ。あ、ちなみにアーサー王が持つ伝説の聖剣から名付けたの。いい名前でしょう?」
そんな美咲の声は勇者の耳には入っていなかった。
――確かな手ごたえがあった。自分は間違いなく最強の奥義を手に入れたのだ。
勇者は聖剣の柄をぐっと力強く握る。
「これなら……魔王に、勝てる!」
今の勇者は自信に満ち溢れていた。
美咲はそんな勇者を優しく見守っていた。いつもの微笑みで。
そして、はるか上空ではエイミーが箒に乗って勇者の姿を見下ろしていた。
「勇者……ついに完成させたのね」
その姿を目に焼き付けると、吹き付ける風に髪を押さえながら、エイミーは箒を走らせてその場から去って行く。
「そっか……」
小さく呟いて、ふっと笑ったエイミーは、何かを決意したような顔をしていた。
同日 午後五時二十三分(魔界標準時)
北太平洋中央 魔大陸 魔都ギドシティから北西に百キロ地点
何もない荒野。
薄暗く立ち込めた紫色の雲の下、ただ枯れ果てた草原がどこまでも続いている。
そんな草原の中央に魔王はいた。
「はあっ、はあっ、はあっ」
顎先から汗を滴り落とし、肩で必死に息をする。
魔王の目の前には底が見えない大穴が開いていた。東京ドームほどの大きさもある大穴で、まるでそこだけ抜き取られたような不自然さがある。
「ついに……会得したぞ……」
魔王はその大穴を見ながら呟いた。
「先代魔王の奥義……ブラックホールブラスターを!」
その大穴は魔王が今しがた放った奥義によるものだった。
「これで勝てる。勇者に勝てるぞ!」
魔王はぐっと拳を握ると、あらためて誓う。
「我は負けない。絶対に勝って、そして勇者と一緒に学校に行くんだ」
その瞳は輝いていた。
そして、その顔は年相応の少女の顔をしていた。ただ、胸に秘める想いは今のところ彼女自身にしかわからない。いや、もしかしたら彼女自身にもわかっていないのかもしれない……。
それでも――今、それぞれの決戦が始まろうとしていた。
【第19回えんため大賞特別賞】引きこもり勇者VS学級委員長まおう ファミ通文庫 @famitsu
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