第二章(3) 魔王とドラモンクエスト

「これは『ドラモンクエスト』というRPG――ロールプレイングゲームだ」

「ドラモンクエスト?」

「そうだ。正式名称『ドラゴンモンスタークエスト』で、略称が『ドラモンクエスト』だ」


 魔王は頷く。


「ふむ。それでこの『ドラモンクエスト』とはどんなゲームなのだ?」

「一言で言えば勇者が魔王を倒しにいくゲームだな」


 しかしその説明に魔王の目が見開いていた。


「な…に? 魔王を倒しに行くゲーム……だと? お前、そんなものをこの魔王にやらせようとしていたのか!?」

「お前がやりたいって言ったんだろうが!」


 確かにその通りだった。


「ま、まあ、それはそうだが……。しかし、お前はなんという性格の悪いゲームをやっていたのだ……」

「せめてゲームの中だけでも魔王を倒さないとやってられなかったんだよ。それよりもほら、ちょっとやってみろって。なんだかんだ言いながらもこのゲームは名作だからな。絶対面白いからさ」

「むう……お前がそこまで言うならやってみようではないか」

「やり方は簡単だよ。町で情報を集めたり武器を揃えたりして、外や洞窟なんかのマップで敵を倒してレベルを上げて、クエストをクリアしていくだけだ」

「お前、昨日も簡単だとか言っていたけど、結局あれ鬼難しかったぞ」


 昨日、FPSのゲームで虐殺されまくった記憶が蘇ったのか、眉を顰めている魔王。


「ま、まあ、昨日のゲームは同じプレイヤーが相手だったからな。でも今回のこのゲームは、元も子もないことを言ってしまえばコンピューターが相手だから、着実に自分のペースで進めれば絶対にクリア出来るんだよ。安心しなって」

「そ、そうか。なら安心だな。よし、やってみよう」


 そう言ってゲームを始めた魔王に、勇者はコントローラーの使い方や操作手順などを教え込んでいく。

 しばらく進むとほとんど説明がいらなくなってきたので、勇者はベッドで漫画を読みながらたまにアドバイスをするくらいでよくなった。

 すっかりドラモンクエストにハマったように見える魔王は全くやめる様子を見せず、気付けば完全に日が落ちていた。

 途中、母親が二人分の夕食を差し入れに来てくれたのだが、魔王はご飯を食べながらもコントローラーを放そうとしなかった。

 そして勇者がシリーズものを一つ読破し終えた時、遂に声をかける。


「なあ魔王……もう十一時なんだけど……」

「え、なんだって」


 魔王はテレビから視線を外そうとせず上の空で答えていた。


「だから、もう十一時なんだって。もう遅いし、さすがにそろそろ帰った方がいいんじゃないのか?」

「もう少しだけ。今いいところなのだ」

「お前そのセリフ何回目だと思ってるんだよ?」

「え、何回目だっけ」

「三回目だよ! お前飯の時も風呂の時もそう答えてたじゃねえか。……というか一度コントローラーを放してこっちを向けってんだよ!」


 勇者は魔王の手からコントローラーを奪い取った。


「あー! なにするのだ!?」

「なにするのだー、じゃねえよ! もう遅いから帰れって言ってんだよ!」

「いやだ! 我は勇者だから魔王を倒さなければならないのだ!」

「お前は魔王で勇者は俺だよ! お前感情移入しすぎだから!」

「なあ、早くその聖剣を返してくれ!」

「これは聖剣なんかじゃなくてコントローラーだよ! こいつどこまで感情移入してんの!? 引きこもりの俺がドン引きするレベルなんだけど!」


 勇者が盛大に顔を引き攣らせていると、魔王の様子が変わっていく。


「はあ、はあっ……我が聖剣を奪うとは、こいつまさか魔王の手先か……?」


 目が据わって今にも襲い掛かってきそうな魔王に、勇者は慌ててコントローラーを返す。


「わ、わかったから。ほら、お前の聖剣返してあげるから。だから落ち着いて? な?」


 魔王はコントローラーを受け取ると、


「おお、我が手に聖剣が戻ったぞ。さあ、旅の続きだ」


 嬉しそうに画面へと向き直るのだった。

 勇者は冷や汗を垂らしながらも、もはや魔王を止める手段がないことを悟った。


「……もうこいつ放っとこう。俺は寝よ」


 布団にすっぽり包まり、ドラモンクエストのBGMを聞きながら眠りに付いた勇者であった。


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