第四章(2) 魔王とコンビニ

「勇者、大丈夫か? ちょっと説明が長かったか?」

「あ、ああ、大丈夫だよ。……えっとつまり、お前が俺を学校に通わせようとしているのは政治的な策略からなのか? とどのつまり、俺が学校に通うことで人類に安心感を与えるっていう……」


 魔王は首を横に振った。


「いや、違うぞ。勇者ほどの者ならば同じ町にいる時点でそう大した変りはあるまい。大体、政治的な策略だったら、とっくに連邦政府から遣いが来ているはずであろ?」

「そ、それもそうか……。ん? だったらどうしてお前は俺を学校に連れて行きたいんだよ?」

「だから何度も言っておろうが」


 そこで魔王はベッドの上で胸を反らしながら大仰に言うのだった。

「何故ならわれが学級委員長、魔王だからだ」

「………。お前がすごいのかアホなのか、俺にはもう判断できねえよ……」


 そう言いながらも、少しばかり魔王のことを見直していた勇者だった。勇者としての自分の役割を奪った点では憎むべき相手だが、しかし先程言ったことが本当だったとしたら、きっとそこには言葉では言い表せられないような苦労があったことだろう。

 いや、もしかしたらその苦労は現在進行形なのかもしれない。だとしたら勇者として戦えなくなったことくらいは許してやろうかな、と、そう思えるのだった。


(……ちっ、しょうがねえ。今日のところは俺のベッドの上でポテチを食ってマンガを読むことくらいは許してやるか……)


 心の中でそう納得すると、勇者はそっとテレビの方へと向き直る。そして先程までやっていたテレビゲーム――対戦型の格闘アクションゲームの続きをするためにコントローラーを握ったのだった。

 しかし、そこで魔王が興味津々な顔で訊いてくる。


「で? お前が今やっているそれはなんなのだ?」

「……おい。またこのパターンかよ」


 瞬時に勇者の顔が引き攣っていた。


「確かに俺は今お前を見直したところだよ。心の中である程度お前のことを認めてやったよ。でもね、このパターンは最終的にロクなことにならないんだって!」


 何故なら前々回はこの流れで爆発オチ、前回は自分も悪かったとはいえ母親にフルボッコにされてしまった。きっと今回もロクなオチにならないに違いない。だから勇者はやんわりと断る方向で話を進めることにした。


「えっと、これはね、対戦型の格闘アクションゲームなんだよ」

「対戦型の格闘アクションゲーム?」

「そうだ。今このゲームで全国のプレイヤーたちと対戦している最中なんだ。つまり、三日前やっていたFPSのゲームと同じように、物凄く強い人たちと戦っているわけだ。わかる?」

「わかった。やってみたい」

「全然わかってないじゃねえか! 三日前、全国のプレイヤーたちにボコボコにされたの忘れたのか!? しかもそれが原因で魔法をぶっ放してこの部屋を爆発させたよな!? そうなるからやめとけって言ってんだよ!」

「そうなってもいいからやりたい」

「是非やめろ!」


 欲が先行する魔王とそれを全力で阻止したい勇者だった。


(こ、こいつ……! 他人事だと思って適当なこと言いやがって……! あ、そうだ!)


「そ、そういえばさ、このゲームはコンピュータを相手にも対戦が出来るんだよ。お前、それやれよ。な?」


 コンピュータが相手ならばゲームレベルをどれだけでも弱く設定できる。それならば初心者でも勝つことが出来るだろう。

 しかし魔王はというと顔を顰めていた。


「えー。だってこれ対戦型の格闘ゲームなのだろ? だとしたらプレイヤー対プレイヤーで遊ぶのが筋というものではないか」

「なんでこういう時だけ妙な正論をかざしてくるのお前!?」


 ゲームへのこだわりの強い勇者にとって、魔王の述べたことはまさしく正論だった。それ故に勇者は言葉に詰まってしまった。

 しかし勇者はなんとしても魔王にこの手のゲームをやらせたくはなかった。何故ならこの対戦格闘ゲームの全国のプレイヤーたちは、前回魔王をキレさせたFPSのゲームよりもさらにタチが悪いからである。挑発は当たり前、酷い時はハメ技(一度食らったら死ぬまで抜けられないテクニック)を使ってくる者までいるのだ。そんなゲームをやらせたらこの部屋の爆発は必至だろう。

 勇者が思い悩んでいたそんな時、魔王が言ってくる。


「なあ、このゲームって我と勇者とで対戦は出来ないのか?」

(な、なるほど! その手があったか! それならまだマシかもしれない!)

「出来るぞ! よし、じゃあ俺と魔王とで対戦するとしようか?」

「うむ。それがよい。楽しみだな」


 魔王は勇者が座っている隣へいそいそとやってくる。勇者は場所を詰めてソファーに魔王が座れるスペースを開けてやると、魔王は勇者の横に腰を下ろした。


「ほら。お前のぶんのコントローラーだ」

「うむ。くくく……勇者、お前をぼこぼこにしてやるぞ」


 意気込む魔王に対し、勇者は軽く息を吐く。


「おいおい、そんなことできるわけないだろ? 俺は結構やり込んでいるのに、お前は今日初めてなんだぞ? 最初は技の練習とかからやらないと」

「練習だと? そんなもの必要ない。我は今まで修行とかしたことないけど、魔王軍の中で最強の存在なのだ。ということはこのゲームの中でもきっと最強に違いない」

「なんなのその滅茶苦茶な理論!? ……ああ、なんかもう今から既に頭が痛いよ……。ゲームをやるのになんでこんな気が重くならなきゃいけないの……?」

「いいからとにかくやるぞ。よいか? 手加減は一切無用だからな」

「お前よくそんなこと言えるよな……」

「いいから! 手加減は無用だからな!」

「わ、わかったよ」


 意外と頑固な魔王に押され勇者は頷かざるを得なかった。

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