第八章(2) 魔王と決戦の約束

「わかった。気を付ける。悪かったな?」

「いや。いいんだよ」


 そして次の対戦が始まった瞬間のことだった。


『風よ、我が敵を撃て!』


 勇者の手から放たれた風の魔法が魔王の華奢な体を思いっきり吹き飛ばしていた。たまらずに吹き飛んだ魔王は部屋の壁を突き破って外まで吹っ飛んで行ってしまった。

 その間に勇者は悠々と魔王のキャラを倒す。


「これで俺の勝ちっと」


 外の地面に顔から突っ込んだ魔王は顔を引っこ抜くと、背中から羽を出して二階の勇者の部屋まで戻り、荒げた声で抗議する。


「ちょっと待てーい! さすがに今のはわざと以外の何ものでもないだろ!?」


 勇者はとぼけた顔で答える。


「え? たまたまですけど、なにか?」

「ふざけるなー! 今思い切り『風よ、我が敵を撃て』とか言っていたじゃないか!」

「たまたまそう叫びたくなっただけですけど、なにか?」


 魔王は悔しそうに、ぐぐぐぅ、と唸ると、


「そっちがそのつもりなら……! 『炎よ、爆ぜろ!』」


 魔王の手に浮かんだ魔方陣から放たれた小さな炎の玉は勇者の足元に着弾すると小さな爆発を起こした。ぼんっと、床が弾け飛んだ。


「おわっ! あ、あぶねえな!? なにすんだよ!」

「え? たまたまですけど。なにか~?」

「ぐくく~!」


 完全にしてやられた勇者だったが、これで終わる勇者でもない。


『炎よ、爆ぜろ! 爆ぜろ!』


 勇者の手に浮かんだ魔方陣から二つの炎の玉が飛び出し、魔王の足元でぼんっぼんっと景気よく爆発する。


「うわわっ! こ、この! やったな! 『炎よ、爆ぜろ! 爆ぜろ! 爆ぜろー!』」


 今度はぼんっぼんっぼんっと勇者の足元で三連続の爆発が起こった。


「うわっちゃちゃ!」

「ふははっ! 不様に踊りよるわ! それでも勇者なのかの~?」

「て、てめえ! もう許さねえ!」

「やるか!?」


 頭に血が上った二人は完全に戦闘態勢に入っていた。

 魔王が自分の腕を肥大硬質化させる。一瞬のうちにグロテスクとも言える巨大な腕が魔王の右腕に付いていた。

 勇者はというと壁にかけてあった聖剣を手に取っていた。すぐに抜刀すると、鞘を放り捨ててそのまま魔王へと斬りかかる。魔王は肥大硬質化した腕で聖剣を受け止めてみせた。キィンッと金属がぶつかるような音が部屋に響き渡る。


『ぐぬぬぬぬ~……!』


 二人のせめぎ合いは拮抗していた。これでは埒が明かないと思った二人は互いに距離を取って、そしてそこから激しく動き回り剣と腕を何度も交錯させる。狭い部屋の中で世界最高クラスの二人が打ち合っているせいで、攻撃が起きる度に部屋のあちこちが弾け飛んでいた。

 そして、互いに部屋の端と端に飛ばされたことを幸いに、これを好機と見て二人は魔法を詠唱し始める。


『光よ。風を切り裂く光の道よ。今ここに勇者が命ず』

『闇よ。愛すべき闇の衣よ。今ここに魔王が命ず』


 二人は共に大魔法の詠唱を始めていた。性質こそ真逆だが似たような魔法だ。結局気が合っていることに、頭に血が上っている二人は気付く由もない。


『光の奔流は竜巻となりて、我が前に立ち塞がりし者どもに、等しく裁きを与えんことを!』

『夕暮れの闇は揺り籠となりて、我が前に立ち塞がりし者どもに、等しく抱擁を与えんことを!』


 勇者の手は白く光り輝いていた。激しく光り輝いていた。

 魔王の手は黒く鈍く輝いていた。ぼんやりと輝いていた。

 そして二人は最終的な魔法のキーを口にする。



『ホワイトブレイカァァァァァアアアアアアアアアア!!』

『ダークリフレイィィィィィィイイイイイイイインッ!!』



 光り輝く白い雷が竜巻となって勇者の手から放出された。

 一方で、静かだが恐ろしい魔力の籠った闇の波動が魔王の手から放出された。

 白と黒の大魔法は部屋の中央でぶつかり合うと、拮抗した。バリバリという異音を出して互いにせめぎ合っている。


「ぬおおおぉぉ……!」

「ぐぅぅううう……!」


 二人の大魔法に耐えられず部屋の壁や屋根が剥がれていく。

 そしてやがて二人の魔法はせめぎ合いに耐えられなくなり、部屋の中央で大爆発を起こした。

 激しい爆発が辺りを襲う。全てが吹き飛んでいた。部屋だけではない。家そのものが吹き飛んだ。

 しばらくは辺りを爆風だけが支配していた。しかしやがて爆炎が晴れた時、その場に立っていたのは二つの影。

 もちろん勇者と魔王の二人である。二人とも自分の体の周りに魔法でシールドを展開していたため無傷だ。

 二人は互いにさすがだなと思った。不思議と口元に笑いが込み上げてきてしまう。

 だがまだ決着は付いていない。二人は笑みを抑えると、勇者は剣を、魔王は肥大硬質化した腕を振り上げて、再び突撃する。二人とも出し惜しみなしの全力。

 勇者と魔王の全力の一撃。それは間違いなくこの世で最高の一撃のはずだった。

 しかし二人がぶつかり合う寸前、その全力の二人を止めた者がいた。

 ――そのいつの間にか二人の間に入っていた者の名は山本美咲――勇者の母親だ。

 美咲は二人の顔面を鷲掴みにしていた。分かりやすく言うとアイアンクローである。

 それは異様な光景だった。勇者と魔王という最強の存在を、たった一人の母親が力づくで止めているという。

 二人の顔にアイアンクローを決めたまま、美咲は笑顔で喋り出す。


「……ねえ……勇者、魔王ちゃん。この状況は一体どういうことかしら……?」


 美咲は表情こそにこやかな笑顔だったが、その体からはとんでもない殺気を放っていた。その殺気は、勇者と魔王が共に震えながら脂汗を垂らすくらいの凄まじいものだった。


「わたしはね、ケンカをしたらダメだと言ってるわけじゃないのよ? 二人ともこれまでケンカ出来るほど対等な相手なんていなかったはずだもの。貴重な体験だと思うわ。でもね、だからといって家を壊していいわけじゃないの。わかる?」


『いででででででででっ!?』


 勇者と魔王の顔面がみしみしとおかしな音を立てていた。

 最終的に美咲はため息を吐くと、


「二人とも、反省」


 そう言って二人の額と額をごっつんこさせ、無理矢理にダブルノックアウトさせてしまう。

 口から泡を吹かしながら倒れる二人を見て、美咲は頬に手を当てながら、


「あら? うふふ、ちょっとやり過ぎちゃったかしら」

 恐るべきは勇者の母親にして最強の僧侶――山本美咲だった。


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