【第19回えんため大賞特別賞】引きこもり勇者VS学級委員長まおう

ファミ通文庫

序章(1) 魔王の来訪

              十月二日 月曜日 午後三時三十五分(日本標準時)

  日本 東京都八王子市高尾山西部 和モダン三階建一軒家〈二階・勇者の部屋〉


 カーテンが閉め切られた薄暗い室内をパソコンのファンが回る音だけが支配していた。

 室内にはパソコンの他にベッド、ソファー、液晶テレビ、本棚など生活感のあるレイアウトが一通りそろっているが、薄暗いせいかどこか閑散とした雰囲気さえ感じる。

 そして――

 淡い光を放つパソコンのディスプレイの前にいるのは、くすんだ青色のジャージに身を包んだ、髪がボサボサで死んだような目つきをした少年。

 彼はパソコンでFPSゲーム(プレイヤーの目線で眼前に迫る敵を銃で撃って進むゲーム)をしていた。マウスで敵兵をポイントしてはクリックし、マシンガンで撃ち殺していく。ヘッドホンから流れてくる銃声を聞きながら少年がぼそりと呟いた。


「はぁ……死にたい……」


 このセリフを深刻に捉える必要はない。これは彼特有の勝手に口から零れるセリフの一つである。決して本気で死にたがっているわけではないので心配しなくていい。

 そんな陰々滅々とした部屋にノックの音が響き渡る。


「ねえ、勇者。ちょっとお話があるんだけど、いいかしら」


 ドアの向こうから聞こえてきたのは落ち着いた女性の声だった。少年が無視してゲームを続けていると、


「ねえ、勇者……聞こえてる?」


 勇者と呼ばれた少年は耐えかねたようにヘッドホンを取ると、ドアに向かって叫ぶ。


「もー、なんだよ母さん!」

「ご、ごめんね。でも、そんなに怒らなくても……」

「……別に怒っちゃいないよ。で、話ってなに?」

「あなたが学校に行かなくなってからもう三か月も経つわよね? あのね、さすがにもうそろそろ高校に行った方がいいと思って……」

 少年はうんざりしたように首を振る。

「またその話? 学校なんか行きたくないって言ってるだろ」

「で、でも……」

「僕が行かないと言ったら行かないの! 学校なんか何の意味があるってんだよ、まったく」


 後半のセリフも彼の口から常に零れるセリフの一つである。

 そうやって少年がぶつくさ呟いていた時だった。パソコンの画面上で敵兵が手榴弾を放り投げてきてプレイヤー兵の側に落ちてきたかと思うと、爆発して画面が真っ赤に染まり、それに巻き込まれたプレイヤー兵は、敢え無く戦死したのだった。

 少年は頭を抱えて叫び出す。


「あー! 母さんのせいで僕死んじゃったじゃん!」

「え、え? な、なんのことかわからないけど、ごめんなさい」

「あー、もう! わかったから、もう放っておいてくれよ!」

「う、うん。ほんとにごめんね? ……あ、さっきドアの前に置いておいたご飯、まだ食べていないじゃない。お願いだからこれだけはちゃんと食べてね? じゃあ、お母さんもう行くから」


 それだけ言って声の主はドアの前から去って行ったようだった。


「……ふん」


 少年は小さく鼻を鳴らすと再びヘッドホンを被り、パソコンの画面へと向き直る。そしてまた画面の向こうで不毛な戦いを繰り広げるのだった。


「はあ……死にたい……」


 本日二回目の呟き。

 しかし、しばらくしてからのことだった。再びノックの音がしたのである。


「ねえ、勇者。ちょっといいかしら?」


 少年はヘッドホンを乱暴に取り外すと、ドアの向こうに向かって叫ぶ。


「もー! 放っておいてくれって言ったろ!」

「そ、そうなんだけど……。でもね、学校からお友達が来てくれたみたいなの」


 そのセリフに少年の眉がぴくりと反応する。――学校の友達だって? 少年に友達なんていなかった。今さら学校の奴らが一体なんだってんだよ? 少年は訝しく思いながらもこう答える。


「……とりあえず追い返して」

「え? で、でも、新しく学級委員長に就任した子が、ご挨拶にってわざわざ来てくれたみたいなんだけど……」

「いいから追い返してよ! 今さら学校の奴らに会うつもりなんかさらさらねえんだよ!」


 少年が声を荒げると、ドアの向こうからすすり泣く声が聞こえてくる。


「そ、そんな乱暴な言い方しなくたって……ぐすん」

「あ、ご、ごめん。いや、別に母さんにキレてるわけじゃないから。母さん大好き。だから泣きやんで?」

「う、うん」


 ドアの向こうにいる母親はそれでどうにか持ち直したようだった。


「と、とにかく、僕には学校の奴らと会うつもりはないから。悪いけど帰ってもらって」

「……わかったわ。そう伝えるね」


 ドアの前から去る気配。母親は健気にも少年の言葉を伝えに行ったようだった。


「……まったく……学校がなんだってんだよ。学校なんか大嫌いだ」


 少年が忌々しげに呟いて――間もなくのことだった。






 どかあああああああああああああああああああんっ!!






 とんでもなく大きな音で、いきなり部屋のドアが吹き飛んだ。その吹き飛んだドアは部屋の端に置いてあった液晶テレビに突き刺さり煙を上げていた。

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