第五章(2) 勇者と魔法使い

「何か知らんが用が終わったんなら早く帰れよ」

「ちょ、ちょっとちょっと! それはあまりに素気無いんじゃないの!?」


 勇者の冷たい言葉にエイミーの機嫌はまた悪くなっていた。


「せっかく可愛い幼馴染みが久しぶりに訊ねてきてやってるのよ!? もうちょっと何かあるでしょうが!」

「なにかって?」

「……元気だったかとか訊いてくれてもいいじゃない……」

「元気だったかー」

「超棒読み!」

「どうして欲しいんだよ?」

「……もういいわ。あんたに期待したあたしがバカだったから」


 エイミーは重いため息を吐くと、続けて訊くのである。


「で、どう? そろそろ学校に来る気になった?」


 勇者はうんざりした顔で答える。


「だから行かないって言ってるだろ」

「な、なによ。そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃない……」

「そりゃイヤな顔にもなるって。俺、その言葉一体どれだけ言われてきていると思ってるんだよ? そろそろまじで耳にタコが出来るレベルだぞ」

「そ、そんなこと言ったって……あたしだって他にどう言えばいいのかわからないもん……」


 拗ねるエイミーに、勇者は困った顔になっていた。


「そもそも、お前はなんで俺に学校に来てほしいわけ?」

 するとエイミーはモジモジし始める。

「え? そ、そんなの、勇者と一緒に学園生活を送りたいからに決まってるじゃない……」

「え、なんで?」

「あんたって、ほんっとにニブいわよね!? 幼稚園児だってとっくに察してくれてるレベルよ!?」


 思わず素でつっこんでしまうエイミーだった。


「は、はあ……?」


 それでも首を捻っている勇者に、エイミーは睨みつけると、


「あ、あんたってさ、告白されてもそんなすっとぼけた顔しているつもりなの……?」

「は? 告白なんかされたことないから分かんねえよ」

「今、目の前でほぼされてるでしょうが!? 現在進行形で!」

「? え、誰にだよ?」

「ネコのウンコ踏め!!」


 エイミーはよくわからない罵声を勇者に浴びてから、結局肩を怒らせたまま帰って行ってしまった。


 勇者はぽかんとするしかなかった。


「……一体なんだったんだ?」


 勇者はドアを閉めながら、


「我が幼馴染みながらエイミーはおかしな子だよな……。大丈夫かな?」


 結局エイミーはいつもそういう評価をされてしまう宿命にある可哀想な子だった。

 本当に踏んだり蹴ったりのエイミーであった。



            十月六日 金曜日 午後九時二十一分(モスクワ標準時)

            ロシア モスクワ アルバート地区 ロシア連邦参謀本部


 ロシア軍の中枢とも言うべき施設の来賓室に二人の軍人と三つの魔物の影があった。

 ロシア特殊部隊の長であるボリス大佐とその部下のドミトリー、そして魔王四天王の一人であるエフリートとその護衛の魔物二人である。

 ボリスがエフリートへと話しかける。


「エフリート殿、お待たせいたしましたな。ようやく準備が整いましたぞ」


 エフリートは意外そうにその赤い眉をぴくりと動かした。


「へえ? よくもこう短期間でかの地の者に話を通せたものね?」

 ボリスはニヤリと笑う。


「この不安定な世界情勢の中では、かの地にもエフリート殿と仲良くなりたいという者が少なからずいるのですよ。……それとまあ、作戦の全貌までは伝えておりませんし、そこに金を少しだけ積めばこうしてあっさりと話が通るのですよ。いったん世界に火を付けてさえしまえば、あとはこちらのものというわけですな」


 しれっと答えるボリスに、エフリートは少しばかり呆れたような顔をした後、くすりと笑った。


「ふふふ……人間たちも程よく腐っているわね。気に入ったわ」

「くくく、恐れ入ります」


 ボリスとエフリートはしばらくの間、悪い顔を突き合わせて笑い合っていた。

 ややあってから、ボリスが再び口を開く。


「そんなわけで、かの地――日本にて早ければ二週間後に作戦決行となりますので。お心積もりを」

「ふっ、待ち遠しいわ」


 エフリートは日本の方角を見て言うのだった。


「魔王をこの手で殺せる日がね」

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