第八章(1) 魔王と決戦の約束

              十二月三日 日曜日 午後一時三十分(日本標準時)

  日本 東京都八王子市高尾山西部 和モダン三階建一軒家〈二階・勇者の部屋〉


 遊園地と秋葉原に行った翌日。

 日曜日。

 勇者は惰眠を貪っていた。とことん貪っていた。

 なにしろ昨日は無理矢理に朝起こされて一日中魔王に付き合わされたのだ。久々の外出ということもあってやたらと疲れていた勇者は心行くまで睡眠を堪能した。

 そんな勇者は午後の一時半ばを回ったところでようやく目を覚ます。

 十分な睡眠時間が取れて、気持ちがいい寝起きのはずだった。

 しかしまず目に入って来た光景を見て、そんなものは微塵も吹き飛ぶ。

 何故か魔王がソファーに座って当然のような顔でゲームをしていたのだ。

 格闘ゲームだ。……いや、そんなことはどうでもいい。どうしてこいつがここにいる? 目覚めたばかりということもあって勇者の頭は軽く混乱していた。


「おお、勇者。目を覚ましたか。おはよう」


 軽快に挨拶してくる魔王に、勇者は半眼のまま訊ねる。


「……おはようじゃねえから。お前、何してるの?」


 魔王はしれっと答える。


「見て分からんか? ゲームをしておる」

「いや、だからどうして俺の部屋でゲームをしているのかと聞いている」

「だって昨日無理矢理起こしたらお前、滅茶苦茶怒ったではないか。だから我は気を使って一人でゲームをしながらお前が起きるのを待っておったのだ。なんと健気な我」

「いやいや、勝手に部屋に入ってきている時点でおかしいからね!? 全然健気じゃねえから!」


 目覚めたばかりで声を張り上げた勇者は、はあはあと肩で息をしていた。


「大丈夫か勇者?」

「お前のせいだよお前の!……まったく、二日連続で勘弁してくれよ」


 そうぼやきつつも勇者はベッドから出てソファーのところまで行くと、魔王に向かって言うのである。


「ちょっとそっち詰めて。俺もやる。対戦しよ」

「ん」


 なんだかんだ言いながらも一緒にゲームがしたい欲が先行するどうしようもない引きこもり。それが勇者だった。

 勇者は自分のキャラを選びながら魔王に訊ねる。


「で、今日は何の用なんだ?」


 魔王も自分のキャラを選び直しながら答える。


「別に。今日はただ普通に遊びに来ただけなのだ」

「……ふーん?」


 魔王になんとなく用があるような気がした勇者だが、どうやら気のせいだったらしい。

 お互いにキャラを選び終えるといよいよ対戦が始まる。

 この格闘ゲームは以前二人が対戦したあのゲームだ。当時は一方的な試合展開だったこのゲームだが、今ではすっかり互角の戦いが出来るようになっていた。

 しかし第一戦目は一方的な試合展開になった。魔王の拳法使いの女性キャラが勇者の鉢巻を巻いた空手使いの男性キャラをぼこぼこにしたのである。


「……む。寝起きということもあってちょっと手が動かなかったかな。次は本気」


 言い訳する勇者。

 しかし次の試合も僅差ではあるが魔王の勝ちだった。


「……む。今のはアレだ。お前の羽が邪魔だったから負けたんだ」


 また言い訳をする勇者だった。すると、


「では羽を仕舞うとするか」


 魔王はそう言って背中に生えていた羽を体の中へと収納した。


「……便利だね、それ」

「これで次は言い訳出来まい?」


 ニヤニヤしながら言ってくる魔王の挑発に、勇者はムッとしながら答える。


「別に言い訳なんてしてないし~。ぼくは事実しか言ってません~」

「……お前、その言い方ムカツクな」


 そう言い合いながらもまた次の対戦が始まる。今度は最初から本気の集中力を出した勇者が魔王のキャラをぼこぼこにして負かしたのだった。

 勇者は意気揚々と口を開く。


「ほれ見たか! 俺がちょっと本気出したらこんなもんだ」

「………」


 今度は魔王が悔しそうな顔をしていた。

 そしてまた次の対戦が始まる。

 完全に目が覚めたのか、次もまた勇者が押していた。


「へっ。今回の試合も頂きだぜ!」

「くっ、負けるか!」


 負けまいと必死になる魔王の腕は、コントローラーを握る手と一緒になって激しく動いていた。


「オラ、これでトドメだぜ!」

「くっ!」


 その時、やられまいと必死になる魔王が興奮のあまり動きすぎて、勢い余った彼女の肘が勇者の横腹にゴスッとめり込んだ。


「ぐふぅっ!?」


 痛みのあまりに勇者はコントローラーを手離す。その隙に魔王は勇者のキャラを倒してしまうのだった。


「わーい! 我の勝ちだ! ……って、あれ? 勇者、どうしたのだ?」


 勇者は脇腹を押さえながら呻くように答える。


「ど、どうしたじゃねえよ……。お前の肘が俺の腹に入ったんだよ……」

「え? そ、それは申し訳ないことをしたのだ」


 勇者はしばらく呻いた後、腹を擦りながら、


「まったく……気を付けろよな?」

「本当にすまなかったのだ。でも、わざとじゃないのだ。許してくれよ」

「まあ、わざとじゃないならいいけどさ……」


 そしてまた次の対戦が始まる。今度は魔王が押していた。


「ふふふ。今回の試合も我がいただくのだ」

「くっ! やらせるか!」


 勇者の腕が激しく動く。すると今度はコントローラーと激しくシンクロした勇者の肘が勢い余って魔王の頬にめりこんでいた。


「ぐべぇっ!?」


 カエルが潰されたような声を上げながらソファーから吹っ飛ぶ魔王。その間に勇者は魔王のキャラを倒してしまう。


「ふっ。今回は俺の勝ちだな。あれ? 魔王どうしたんだ?」


 パンツを見せながら倒れていた魔王だったが、すぐに起き上がると頬を押さえながら涙目で抗議の声を上げる。


「どうしたもこうしたもないのだ! お前、今のはわざとだろう!?」

「ええっ? そ、そんなはずないだろう? 事故だよ、事故」


 すっとぼけた声を出す勇者に、魔王は頬をさすりながら、


「ほ、本当だろうな? なんかものすごくわざとらしかった気がするけど……」

「だから、そんなわけないだろう? さ、早く次の試合やろうぜ」

「う、うむ……わかった」


 そうしてまた対戦が始まったのだが、今度は魔王のシッポがコントローラーとシンクロして勇者の体をフルスイングしたのだった。勇者はたまらずに吹き飛び、部屋の壁に顔面をめり込ませていた。顔面は壁の向こうに飛び出ている。

 魔王は余裕で勇者のキャラを倒しながらのたまうのである。


「これで我の勝ちっと。おお、勇者すまんな。わざとじゃないのだ。わざとじゃ」


 勇者は壁から顔を引っこ抜くと、


「そ、そうか……ははっ、わざとじゃないなら仕方ないな~。危ないから気を付けてくれよ~?」


 笑顔でそう言う勇者に、魔王も笑顔で答える。

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