第四章(1) 魔王とコンビニ

              十月六日 金曜日 午後三時五十二分(日本標準時)

  日本 東京都八王子市高尾山西部 和モダン三階建一軒家〈二階・勇者の部屋〉


「なー、学校に来いよ勇者~」


 パリパリという音が部屋に響き渡る。


「だから行かないって言っただろうが」

「いや、そこをなんとか」

「しつこいな。行かないって言ったら絶対に行かないんだよ。ていうか、どうしてそこまで俺を学校に連れて行きたいんだよ?」

「何故なら我は学級委員長、魔王だからだ」

「うぜぇ」

「それに、あらためて頼まれてしまったのだ。お前を学校に連れて来いと」


 パリパリという音が部屋に響き渡る。


「そんなもん無視しろよ」

「そうもいかん。何故なら皆の期待に応えるのが我の役目だからだ」


 パリパリという音が部屋に響き渡る。


「それはむしろ勇者の役目だよ。お前は魔王だろうが」

「え? 皆の期待に応えるのが勇者の役目なら、それこそ学校に来いよ」


 パリパリという音が部屋に響き渡る。


「やだよ」

「お前、ふざけるなよ」


 パリパリという音が部屋に響き渡る。


「俺はいたって真面目だよ」

「なおタチが悪いだろそれ」


 さらにパリパリという音がしたところで、勇者が溜まらず叫ぶのだった。


「……ていうかさ、お前さっきからパリパリパリパリうっさいんだよ! 気になって会話が何も入って来ねえよ!」

「え?」


 魔王はきょとんとした顔を上げる。

 彼女は勇者のベッドの上でくつろいでいた。もっと詳しく説明すると、セーラー服姿の彼女は勇者のベッドの上でポテチを摘みながらマンガを読んでいる状態だった。

 つまり魔王はポテチを摘まみつつマンガを読みながら勇者と会話していたのだ。それは会話の内容も耳に入って来ないというものだろう。

 勇者はそんな魔王を睨みつけると、


「……そもそもお前、ここで一体何をやってるわけ?」

「見ればわかるだろ。ポテチを食べながらマンガを読んでるんだぞ」

「そんなことくらい見ればわかるよ! だからどうしてそんな当然な顔で俺の部屋にいるんだって聞いてるんだよ!」


 魔王はポテチを口に運びながらも、こてんと首を傾げる。


「なんでだろう? 不思議だな」

「お前いい加減ぶっ飛ばすぞ!?」


 激昂する勇者に、魔王は慌てて手を前に出す。


「ま、まあ待て。マンガとポテチがあると、自然とこの体勢になってしまうのだ。恐るべきはこの地球の文化というわけよ……」

「うるせえよこのクソ魔王!」


 勇者はため息を吐くしかなかった。今日も今日とて無理矢理に部屋の中に押し入って来たと思ったら、気付けばこの有様である。


(な、なんとか帰ってもらう方法はないか。……そういえば三国志にはこんな諺があったな。『彼を知り己を知れば百戦危うからず』だっけ?)


『彼を知り己を知れば百戦危うからず』とは、敵についても味方についても情報をしっかり把握していれば決して負けることはないという諺である。さらに厳密に言えばそれは三国志の諺ではなく、それよりももっと前に生きた軍略家、孫子の兵法に出てくる一文だ。


(つまり魔王を退けるには魔王の情報を知る必要があるというわけだ。今までは特に興味がなかったから聞かなかったけど、ここらでひとつ魔王についての情報を聞き出してみるか)


 そうすれば魔王に帰ってもらうヒントを得ることが出来るかもしれない。そう思った勇者は早速口を開くのだった。


「あー、こほんっ。そ、そういえばさ、そもそもお前はどうして学校なんかに通おうと思ったんだよ? 魔王であるお前がわざわざ人間の学校に通おうなんて、普通に考えたらおかしな話だろ?」


 すると魔王はポテチを摘まむ手を止めて、勇者へと目を向けてくる。


「……われが学校に通おうと思った理由か?」

「ああ、そうだ(くくく。その理由の穴をついて、てめーが学校に通う理由の脆弱さを露呈させてやるぜ。そうすりゃもう俺に学校に来いなんて偉そうなことは言えなくなるだろう)」


 内心でそう企んでいる勇者に向けて、魔王は居住まいを正しながら、


「ふむ、いいだろう。では簡単にではあるが、われが学校に通うようになった理由を説明しようではないか」


(何を粛々とした雰囲気を作り出してやがる。どうせ『学校に通ってみたかった』とかそんなふざけた理由だろうが。さあ、言ってみろ。引きこもりをなめるなよ)

 内心でほくそ笑んでいる勇者に気付くことなく、魔王はひとつ息を吸ってから淡々と語り出す。


「まず始めに言っておきたいことは、元々我が魔族はこの宇宙で殺戮の限りを尽くしてきたということだ。それ故に先にこの地球に到達したエルフや獣人といった亜人族たちは地球人に魔王の到来を警告したのだ。ここまではもちろん知っておるよな?」

「え? あ、ああ」


 何かいきなり話が重たいことに内心で首を傾げる勇者。魔王は続ける。


「確かに我ら魔族はこの宇宙で殺戮の限りを尽くしてきた。もちろんそれには理由もあった。この理由については今回は割愛するが、その虐殺の限りを尽くしてきた先代の魔王が、この地球に向かう途中で亡くなったのだ。そしてわれが二代目の魔王となった。だが我は虐殺は望まなかった。他種族と手を取り合うことによってこの宇宙を統べる道を見出したかったからだ。だから我は人類や亜人たちと和平を結ぶことにした。

 だが、これには障害が多かった。当り前だ。我ら魔族はこの宇宙で殺戮の限りを尽くしてきたのだ。そう簡単に我の言葉を信じられるわけがなかろう?」


「え、あ、うん……」


 揚々と語られる説明に、適当に相槌を打つしかない勇者。

 だが魔王の弁論はまだ続く。


「それでも血のにじむような努力の結果、人類や亜人たちとの和平を結ぶことが叶った。

 しかし、これは仮初の平和と言われるほどに脆いものなのだ。人類も亜人たちも……そして我ら魔族も、誰もがどこかで誰かが裏切り、平和は崩れ去ると思っている。

 我は焦った。せっかく奇跡的に和平を結べたというのに、もし一度それが崩れてしまえば、もはや取り返しはつかないことだろう」


「あの……ちょっと?」


 予想以上に長い説明を勇者は止めようとするが、しかしながら魔王はまだまだ続ける。


「それゆえに我は手を打つことにした。我ら魔族を人間たちと共生させることによって信頼を得ようと思ったのだ。

 だが、人類はもちろん警戒する。魔族なんかと共生できるわけがないと思う。

 そこで我は思い切った手を使うことにした。それこそがまさにわれが学校に通うようになった理由だ。

 この魔王が自ら――それもたった一人で人間の学校に通う。それこそがまさに我の言葉に裏がないことの証となろう。それも勇者やそのパーティが通う学校となれば、人類に対し安心と信頼感を与えることが出来る。何故ならいざとなったら勇者たちが魔王を止めてくれると住民たちに思わせることが出来るからな」


 そこでようやく言葉を止めた魔王は長い息を吐いた。


「ま、我が学校に通うようになった理由はこんなところかな。ちょっと長かったが……わかってくれたか?」

「え? あ、う、うん……」


 勇者は呆けた声で返事をするしかなかった。


(……おい、なんだよそれ。全然ふざけた理由じゃないんだけど……。それどころか地球全体を巻き込むほどの超政治的な理由じゃねえかよ……。え? 参ったんだけど。まったくつけ込む隙がないじゃん……)

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